企業再生リーダーの“最後のスピーチ”【BCGクラシックス・シリーズ】

「成功している」企業も、今後の安泰は約束されていない。むしろ、その成功が自己満足を生み、やがて衰退への道を歩ませることもある。では、いかにしてその罠を回避し、企業を進化させ続けるべきか。

ボストン コンサルティング グループ(BCG)のシニア・パートナー(当時)で、日本企業の研究を踏まえた『タイムベース競争戦略』など数々の著書があるジョージ・ストーク・ジュニアは2007年、架空の「企業再生リーダー」引退の日を想定してスピーチを作成し、成功している企業こそ危機感を持ち続けるべきだと説いた。

発表から20年近くが経った今、変化の激しい現代において、ここで語られている「成功している企業のターンアラウンド(再生)」に必要な5つのルールは、リーダーに求められる指針としてますます重要性を増している。

* * *

今日で引退する私のために、このような暖かい会を催していただき、どうもありがとうございます。皆さんからいただいたカードやメールを、とても楽しく読ませていただきました。中には笑ってしまうようなものもありました。例えば、「素晴らしい仕事ぶりでした。冷酷非情なリーダー」。次のもいいですよ。「あなたのことを好きだと思ったことは一度もありませんでした。でも、いらっしゃらなくなるとさびしく思うでしょう」。私の秘書からのものです。そして、母はこう書いてきました。「引退したからといって、今までより頻繁に訪ねてきたりしないでね。家の中をまた整理し直されてはたまらないから」。

わかりました、認めましょう。たしかに私はかなりの一徹者です。しかし、3年前に私がこの会社にやって来た時、状況は良くありませんでした。皆さんは良いと思っていたようですが、実は良くなかったのです。会社は利益を上げていて、成長しているように見えました。ですが私の目には、それが自己満足のように映りました。私にとって自己満足は、損失を出すことの次に懸念すべきものなのです。

特に本日ここにお集まりの経営幹部の皆さんが、核心たる問題を気にかけていなかったこと、それが私には一番気にかかりました。そうしたごくわずかな問題が、会社の将来の明暗を決めるのです。当時、この会社では会議ばかり開かれていました。健全な会計、コーポレートガバナンス、などなど。しかし、この会社の本当の問題は、どの会議でも議論されていませんでした。そして、皆さんの部下の多くは、度々仕事を離れて、自己啓発やキャリア・マネジメントのセミナーに出席していました。皆さんの中にも、わざわざ時間を見つけてニューヨークに出かけ、ジャック・ウェルチが最も親しい600人に経営を語るという趣旨の講演を聞きに行った人もいました。

皆さんの注意をひくために、私は「この会社は成功していてもターンアラウンド(企業再生)が必要だ」と宣言しなければなりませんでした。自らそうしなければ、遅かれ早かれ、我が社との競争に勝つ手段を見つける競合企業が現れて、私たちはターンアラウンドを余儀なくされたでしょう。あるいは、別の会社が我が社を買収して、私たちがこれまで目を向けなかった、もしくは活かしていなかった価値を手中にしていたことでしょう。

病んでいる企業を再建するのも大変ですが、成功している企業のターンアラウンドはそれよりはるかに困難です。成功している企業では、リーダーが損失を楯に取って、変革しない言い訳の数々に厳しく対処するというわけにはいきません。うまくいっていない企業であれば、まず、収益性の低い製品や売上の伸びない店舗など、損失の要因を抱え続けるのをやめるように命じればいいのです。それだけで利益は上昇し、あなたはヒーローになれます。

一方、成功している企業では、物事はそれほど単純にはいきません。一見うまくいっている企業を改革するカギは、競合優位を持つ分野を見きわめ、それをありとあらゆる手段で最大限活用することです。自社の強みを徹底的に突き詰めるのです。他社から苦情が出るほどに。

さらに、成功している企業では、改革に着手するより、継続させることの方が難しいものです。少なくとも5つのルールが必要になります。今日までいっしょにこの会社をひっぱってきた皆さんも、この5つのルールに力を注いでいなければ、私の経営チームには入っていなかったでしょう。私は、そういう人には報酬は支払いません。

ルール1: 投資の3F――ファスト フォーカス ファンダメンタル

1つ目のルールは、ターンアラウンド中の企業においては、すべての投資は、「ファスト」すなわち迅速に、「フォーカス」して、「ファンダメンタル」すなわち本質的な課題に対して、行わなければならない、ということです。これが我が社の立て直しのカギとなりました。私たちが手がけたプロジェクトはすべて、1年ないし1年半以内に市場でリターンを実現できるようにしました。そうでない場合は、プロジェクトを細分化してリターンを出せる部分に絞り込みました。リターンが出ないまま何年も投資し続けることはありませんでした。これが「ファスト」です。

問題なのは、パフォーマンス向上に狙いを定めたプロジェクトには、実は、必ずといってよいほど、あまり迅速にリターンが出なかったり、あるいは、スピードを遅らせたりする「付随物」がつきまとうことです。こういったものは容赦なく切り捨てなければなりません。これが「フォーカス」です。

焦点を絞ることがなぜ必要かというと、ターンアラウンドのただなかにいる幹部は、問題の核心をつく取り組みにしか時間をさけないからです。これが「ファンダメンタル」ということです。

皆さんの中に、私の「3F」と大きくあしらったスウェットシャツをわざとらしいと感じる人がいたのはわかっています。それはそれでかまいません。私はあれが気に入っていましたし、人がなんと言おうと気になりませんでしたから。この3つを守ってください。これからあなたたち自身がターンアラウンドの先頭に立つ際に必要になるはずです。

ルール2: 言い訳は許さない

私が気にしたのは、改革の動きに乗ってこなかった人たちです。細かいことを言っている場合ではありませんでした。ですから、私は2番目のルールを強調しました。それは、私が関与する限り、解決策の提案もせずに、改革を行う上での問題点をあげつらうことは許さないというものです。何でも反対する反対論者は改革を進める足かせになり、時にはすべてを台なしにしかねません。ターンアラウンドを開始した当初は経営チームのメンバーでありながら、今日この場には姿のない人がいるのは、そういうわけです。

多くの企業は良い人材を見つけることに力を注ぎますが、適任でない人を排除するのは、それと同じぐらい、時にはそれ以上に重要です。

そして3つ目のルールは、ほとんどの方が覚えていらっしゃるでしょう。

ルール3: 「イエス」「ノー」を明言する

どんな組織にとっても最大のストレスは、方向性がはっきりしないことだと思います。リーダーが、疑問の残る取り組みを「そのうち何か良い結果が生まれるだろう」という善意でそのままにしておくのはよくあることです。

また、してはならないことをしている人に目をつぶって衝突を避けるというのもありがちなことです。これもよくありません。「三本脚の馬」は撃たれるのが必定です。私は「イエス」か「ノー」と明言し、「たぶん」とは決して言わないようにしました。

でも、新しい情報や、もっと良い情報が出てきて、問題を見直したほうがよくなった場合には、自分の元の考えには固執しません。

最も重要なことは、会社の希少なリソースを、根幹の問題とは関係のないことに縛りつけておかないということです。

4つ目のルールは、私が最も重要だと信じているものです。もっとも、そんなことをしなくて済むなら助かるのに、と思ってはいるのですが。

ルール4: 社員、顧客、サプライヤー、投資家と情報を共有する

私が「重要なステークホルダー」にターンアラウンドの意味を話すことにどれほどあきあきしていたかは、皆さんもご存知でしょう。しかし、うんざりするほど話をしても、まだ不十分であることが私にはわかっていました。

ステークホルダーに対しては、現在起きていることの背景・目的・戦略的意味といった論理的根拠を、適当だと思われる回数よりもさらに何回も繰り返し説明する必要があるのです。将来、皆さんの中のどなたかが今の私の役職につく際には、何人かの幹部や管理職に会社の戦略についてどう考えているかを聞いてみるようお勧めします。

さて、最後のルールになりました。

ルール5: リーダーに与えられるチャンスは1度だけ

私たちはターンアラウンドを達成しました。しかし、全員がその改革を乗り切ったわけではありません。皆さんの中にも私と同じ意見ではない人がいるのはわかっていますが、私は、ターンアラウンドの成功を危うくする最大の脅威の一つは、言い訳しかしない人を抱えておくことだと考えています。私は長らく経営に携わってきました。そして重要なポジションにある人が1度や2度ならず、3度までも成果を出せなかったために、ターンアラウンドが失敗するのを数多く目にしてきました。

ここにいらっしゃる皆さんは全員リーダーであるわけですが、リーダーたる者はこのような怠慢を許してはなりません。時間は非常に貴重であり、取りこぼしは1回でもあってはならないのです。このように厳しい規律を最初から明確にしておかなければなりませんし、「犠牲者」は必ず出ます。長年、米国空軍の戦闘機兵器学校(訳注:トップクラスのパイロットを養成する学校。通称「トップガン」)の校長を務めたジョン・R・ボイド大佐が、ヨーロッパで空軍を率いる司令官に対し、訓練中の死傷率が低すぎると批判したという話は広く知られています。ボイド大佐いわく、それはパイロットへのプレッシャーが足りないことの表れだというのです。あまり愉快な話ではありませんが、一考に価する発言です。

私たちはターンアラウンドを「乗り切り」、成功しました。私たちは競合他社を一歩リードすることができました。でも、皆さんはまたいつかターンアラウンドをしなければならなくなるでしょう。その時期は、皆さんの予想より早いのではないかと私は考えています。今回学んだことを、ぜひ心に留めておいてください。

では、乾杯!

原典:The Turnaround Man’s Last Speech(ジョージ・ストーク・ジュニア、2007年)