日本の半導体産業再興 大規模メモリ工場で「10年で860億ドル」の経済効果

「現代の石油」とも称される半導体は、経済・安全保障の両面で極めて重要な存在だ。スマートフォンや自動車、家電製品はもちろん、AIやクラウドコンピューティング、さらには防衛装備に至るまで、半導体なしでは成り立たない。日本でも、台湾TSMCの熊本工場や、次世代半導体の国産化に向けて設立されたラピダスのプロジェクトなど大型投資が相次ぎ、半導体産業が再び注目を集めている。日本の半導体産業が再興するには何が必要なのか。ボストン コンサルティング グループ(BCG)のレポート「日本の半導体産業の再興:技術革新を通じた『経済産業政策の新機軸』の加速」(小柴 優一、許斐 建志ら著)を基に、その課題と展望を探る。
①生成AI向けの需要拡大を背景に、世界のDRAM出荷量は2027年まで年平均21%の成長率で増加する見込み
②日本は次世代メモリ分野に強み。素材レベルで多くの知的財産を生み出す世界でも数少ない国であり、最先端技術である「EUV(極端紫外線)リソグラフィー」の活用が見込まれる
③日本において、大規模メモリ工場が10年間で創出する雇用・賃金、税収、材料供給者などの経済効果は最大860億ドルに達する可能性がある
生成AIの需要増で、DRAM出荷量は2027年まで年平均21%で成長
半導体は、身近な消費者向け商品から安全保障に欠かせない産業まで幅広い領域で使われ、その世界市場規模は6,000億ドルに上る。今後も生成AI向けなどで需要が高まるとみられる。
世界のAI関連サーバーの出荷台数は2023年から2027年にかけて6倍に増加すると予測されている。半導体メモリには、主にデータの保存に使用されるNAND型フラッシュメモリと、演算処理負荷の高いデバイスの「作業用メモリ」として機能するDRAMの2つの装置が含まれるが、生成AI向け需要の高まりを受け、2024年から2027年の間、DRAM出荷量の年平均成長率は21%に達すると見込まれており、この成長は主に生成AIなどに使用される次世代DRAMである高帯域メモリ(HBM)が牽引すると予想されている(図表1)。

次世代メモリにおける日本の強み――知的財産と最先端技術の活用
次世代メモリ分野における日本の優位性は2つある。1点目は、日本がメモリ関連の素材レベルで多くの知的財産を生み出している数少ない国であることだ(図表2)。過去20年間に主要な半導体メモリ企業が申請した製造関連特許に基づく分析によると、日本は半導体メモリ分野における最先端技術の進歩に大きく貢献している。
2点目は、先進的なメモリチップの製造において、最先端技術である「EUV(極端紫外線)リソグラフィー1」の活用が見込まれる国であること。日本政府の積極的な取り組みにより大学と国内外企業との協力が促進され、強力な研究開発パートナーシップの形成を通じて、DRAM製造プロセスにおけるEUVの活用が進められている。
これらの優位性は、日本が従来強みを持つ半導体材料や製造装置のエコシステムと結びつくことで、次世代DRAM開発の成功を後押しする。

日本における大規模メモリ工場の経済効果は10年で860億ドル
日本の半導体産業では近年、政府の経済政策である「経済産業政策の新機軸」に基づくさまざまな投資が行われ、特にロジック半導体分野を中心に活性化が進んでいる。このような状況下で、次世代DRAM産業の育成は、日本の半導体産業のさらなる活性化を促し、「経済産業政策の新機軸」の実現を加速させると期待されている。

BCGの分析によると、大規模なメモリ工場が創出する雇用・賃金、税収、材料供給者などの経済効果は、直接的な生産高が年間52億ドル、設備投資が年間10億ドルなど、10年で最大860億ドルに達する可能性がある(図表3)。日本は大きな経済的恩恵を享受すると見込まれる。さらに、次世代DRAM産業の発展は、脱炭素の推進や供給網の強靭化、生産性向上といった重要な社会課題への対応にも貢献できる。

日本の半導体産業再興のための成功の条件
今後、日本が「経済産業政策の新機軸」の方向性に沿って半導体産業の発展を加速させていくために必要な条件は次の通りだ。
・単なる市場の参加者ではなく、技術的なリーダーを目指す:日本はほとんどのカテゴリーでトップ5に入るような大規模な市場だ。単なる参加者ではなく、最終的に半導体領域における主導的プレーヤーとなるようなアプローチを策定するべきである
・民間投資の呼び込み:半導体サプライチェーンの世界的なレジリエンスを向上させる。日本における投資実績のある業界のパートナーを見つけることが不可欠
・国内でのイノベーション:次世代DRAMの開発においてイノベーションは欠かせない。地域に根ざした知的財産(IP)の創出と最新のプロセス技術へのアクセスという2つの重要な要素がある
・長期的な視点で政策を策定する:半導体メモリ工場には長期スパンでの投資が必要。競争力を保つためには、10年のライフサイクルのうち、8,9,10年目に特に大規模な追加投資が必要となる
・国内人材の育成を優先する:日本の優れた研究能力を単に活用するだけでなく、さらに拡大させた実績を持つパートナーを選定し、それを支援する政策を策定する必要がある
レポートの共著者でBCG産業財・自動車グループの日本共同リーダー、小柴 優一は次のようにコメントしている。「半導体産業への世界的な投資という長期的なトレンドとAIの進展を背景に、次世代DRAMの需要は急速に高まっている。この中で日本は、先進的なメモリへの投資を含め、半導体分野の成長を目指すにあたり、多くの強みを活用することが可能だ。正しい目標設定と大規模な投資、そして慎重に策定された政策を組み合わせることで、日本は『経済産業政策の新機軸』の方向性に沿って、半導体産業をさらに力強く発展させていけると考えている」
調査レポート:日本の半導体産業の再興:技術革新を通じた「経済産業政策の新機軸」の加速(2024年10月)
- 半導体製造において極端紫外線(EUV)を使用して回路パターンを形成する技術。これにより従来では難しかった微細なパターンを高精度で描けるため、チップの性能向上に貢献 ↩︎