生成AIの米中依存は地政学リスクになり得る 日本、欧州、中東も開発で台頭

米国と中国は生成AIサプライヤー競争における「二大超大国」として、大規模言語モデル(LLM)の開発と商業化で相当に先行している。中国では2025年1月、AIスタートアップ「DeepSeek」が低コストで高性能の生成AIモデルを発表。開発を巡る形勢に一石を投じ、今後の動向が注目されている。

しかし、BCGヘンダーソン研究所(BHI)とBCG地政学センターが2024年12月に発表したレポート「How CEOs Can Navigate the New Geopolitics of GenAI」では、企業が両国の提供する生成AIにのみ依存することは地政学リスクとなる可能性があり、サプライヤーを多様化する必要性を指摘している。

AI人材層の厚い米国

米国と中国は現在、生成AIバリューチェーンの大部分を自国でコントロールできる強力なポジションを手にした数少ない国だ。

数十年にわたってAI領域をけん引してきた米国は、他国に対して大きな先発優位性を築いてきた。1950年以降に開発された世界の主要なAIモデルの約70%、また、最高性能のLLMの57%が、米国に拠点を置く企業や学術機関によって開発されている(図表1)。さらに、世界トップレベルのAI研究者2,000人のうち約60%が米国を拠点にしており、2022年から2024年にかけては世界のAI専門家の約4分の1が米国に移住している。

米国は世界トップレベルのAI研究者を多数擁しており、生成AIモデル開発でもリードしている。

米国のAI人材は約50万人に達し、世界最多となっている。また、米国拠点の生成AIスタートアップは群を抜いた規模の民間投資を受けており、2019年以降の総額は650億ドルに上る。

モデル開発が活発化する中国

中国も米国に追いつきはじめている。中国企業2社(アリババと生成AIスタートアップ「零一万物(01.AI)」)は、世界最高性能のオープンソースLLMのうち4分の1以上を提供している。また、既存のテクノロジー大手企業であるバイドゥやテンセントも高性能なモデルを発表しており、いわゆる「AIタイガー」と呼ばれる新世代の生成AIスタートアップも頭角を現している。中国企業が開発した最高性能のLLMは、この1年で類似の最先端モデル(オープンAIのLLM)との性能差を大幅に縮めた。

さらに、中国には十分なデータセンターインフラが整備されており、AI人材を育成する基盤も強固に築かれている。米国による中国への先端AIチップ輸出規制は、一時的に発展を遅らせることはあっても、根本的な妨げにはならない可能性が高い。

日本は研究開発への投資で他国を上回る

米中以外の国・地域でも、生成AIサプライヤーとしての取り組みは進展している。日本は、安定したテクノロジーエコシステム、R&D(研究開発)への投資額の大きさ(図表2)、ハードウェア分野での専門性を土台に、二大超大国に次ぐ「中堅国」のポジションを築く可能性がある。

日本は企業における研究開発への投資額が、米国、中国、韓国に次いで大きい。

日本はハードウェアのバリューチェーン上でも重要なポジションを占めており、AIチップの設計能力、AI用の高性能メモリの製造能力も備えている。また、チップ製造における重要な素材や製造装置の輸出国としても優位性があり、フォトレジスト(感光材料)の加工・除去・洗浄、製造自動化装置、ヒ素の主要な輸出国になっている。

さらに、2024年には大学と民間企業の連携によってオープンソースの大規模言語モデル「Fugaku-LLM」が公開された。このLLMはスーパーコンピューター「富岳」で学習されており、日本語モデルとして高い性能を示している。しかし、生成AI領域で競っていくために必要な投資を得るには、国内・地域レベルで十分な市場を確保することが求められる。

データ規制環境で手堅い欧州、資金の充実した中東地域

レポートでは日本のほか、以下の国・地域が「中堅国」になる可能性があると考察している。

欧州
欧州連合(EU)は加盟国の強みを結集させることで、生成AI領域において大きな影響力をもつ可能性がある。EUにはすでに生成AIスタートアップの新興エコシステムが存在し、AI専門人材の層は世界で2番目に厚い。また、GDP(国内総生産)の合計が18兆ドルの大規模市場であるため、域内で開発されたAIモデルの成長も期待できる。そのAIモデルは、EUの厳しい規制環境下で開発されるため、ユーザーデータがより安全に保護されているという評価を得やすい。生成AIスタートアップは多額の投資を集めることには成功しているものの、米中と比較すると、インフラの拡大や資金ギャップの解消といった課題に直面している。

サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)
両国では、潤沢な資金を持つ政府系ファンドを活用して集中的な投資を行い、AI人材基盤の拡大、データセンターインフラの拡充、高性能なLLMの開発が迅速に進む可能性がある。サウジアラビアはAI開発に400億ドルを投じることを宣言しており、データセンターの供給能力を増強している。一方、UAEは100億ドル規模のAIベンチャーキャピタルファンドを立ち上げ、高性能なアラビア語モデルを開発した。こうした取り組みには、エネルギーにかかるコストが低いこと、また米国による中東地域への先端AIチップ輸出規制が一部緩和されつつあることが関係している。

韓国
日本と同様、確立されたテクノロジーエコシステムや研究開発への投資などを背景に中堅国となる可能性がある。半導体製造における有利な立ち位置と、国内企業が独自のLLM開発に進出しているという点で優位性がある。

上記以外の国も、AI研究エコシステムや厚い人材層を活用して、性能もコスト効率もより高いLLMを構築することで、競争に参入してくる可能性がある。例えば、カナダと英国は世界トップレベルのAI研究者の多くが拠点を置いており、優れたAIモデルを多数生み出しながら、重要なAI研究論文を発表してきた。イスラエルは人口が少ないにもかかわらずAI専門家が多く、競争力のあるモデルを開発している。こうした国々にとっては、研究面のブレークスルーを加速させることがチャンスになる。

地政学リスクに備え、サプライヤーの多様化に注目

さまざまな業界の企業が、生成AIの提供元を多様化することに強い関心を寄せている。新型コロナウイルスによるパンデミックから得られた教訓は、「大規模な混乱は深刻なボトルネックを露わにし、既存の価値を一変させ得る」ということだ。提供元が米中のわずか2カ国に集中していると、地政学的混乱が生じた際に生成AIの利用が阻害されるリスクがある。企業リーダーは、変化の兆候を察知して自社のオペレーティングモデルを適応させられる「地政学的な対応力」を鍛えることが必要だ。

BHIのグローバルリーダーであり、レポートの共著者であるニコラス・ラングは「生成AIを事業運営に取り入れている企業リーダーにとって、米国や中国の企業が提供する生成AIにのみ依存することは重大なリスクになり得る。なぜなら、規制やデータ要件、利用環境といったものはすべて、政府方針の変化と密接にかかわっているためだ」と述べる。「規制や政策、テクノロジーによって形成される事業環境は、変化が激しくリスクの高いものだが、ビジネスリーダーも政界のリーダーもこの難局をかじ取りしなければならない。台頭する中堅国のなかでも、どの国が生成AIのサプライヤー競争で優位なポジションにつくのかは全くの未知数だ。展開次第では、ゲームのルールそのものが書き換えられる可能性がある」

調査レポート: How CEOs Can Navigate the New Geopolitics of GenAI(2024年12月)