ものづくりの底力を東海経済のエンジンに――名古屋オフィス責任者に聞く

グローバル規模で競争力がある会社が数多く存在する東海地域。自動車関連をはじめ、製造業の強固なサプライチェーンが独自の発展を遂げてきた。このエリアのビジネスの原動力や課題はどこにあるのか。ボストン コンサルティング グループ(BCG)名古屋オフィスで20年以上、企業を支援してきた木山 聡に聞いた。

グローバルでの競争力と裾野の広さが東海エリアの強み

大きく2つあると考えている。1点目は、内需のみに依存せず、グローバルで競争力を持つメーカーが幅広い業界に多くあること。トヨタグループやスズキなど自動車関連の企業をはじめ、長きにわたって海外市場を開拓し、売り上げの海外比率が高い企業が多い。自動車以外にも、プリンターやミシンで有名なブラザー工業、セラミック関連製品の日本ガイシや日本特殊陶業、ガス機器のリンナイ、業務用冷蔵・冷凍機器のホシザキ、楽器のヤマハ、二輪・船舶のヤマハ発動機など、多くの産業でグローバルに強い企業群が東海エリアに本社を構えている。

木山 聡マネージング・ディレクター&シニア・パートナー
木山 聡マネージング・ディレクター&シニア・パートナー

実際、BCGが企業を支援する場合も、国内のみに焦点を当てたプロジェクトはほとんどなく、国外市場を含めたプロジェクトや、競合が外国企業のケースなど、海外に関わる相談が多い。ちなみに、気候変動やサステナビリティの分野は欧州で先行して取り組みが進んでいることもあり、グローバル企業が多いこのエリアでは比較的盛んに議論されているように感じる。

2点目は、グローバルメーカーを支える企業群の奥行きが深いこと。すでに述べた通り最終製品を製造する会社が多いため、部品を製造、供給する企業もこのエリアに集まり、一大産業集積地帯となっている。中部地域は日本の航空機部品生産額の約5割を占め、航空宇宙産業の一大拠点でもある。三菱重工業や川崎重工業など関東・関西を本拠とする企業が製造工場を愛知県に置いている。

まず、ものづくりやハードもソフトウエアと不可分になっており、ハードなのか、ソフトなのかという二分法はあまり意味がない。東海エリアのものづくり産業が今後も競争力を維持するためには、製造プロセスのデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めたり、製品に組み込まれるソフトウエア機能を向上させたり、デジタル技術を活用したサービスを開発したりと、デジタル分野での進化が必要だ。それにより製品の価値が高まり、さらなる成長が期待できると考えている。

また「モノがつくれる」ということ自体が、その国の競争力の根幹の一つであると考えている。いざ「何かモノが足りない」「これが必要だ」となったときに、それをつくる力があるかないかで社会の安定性も変わってくる。近年もマスク不足や半導体不足は社会に大きな不安をもたらしたし、日本でつくれない農作物やエネルギーの(円安も含めた)輸入価格高騰は現在進行形で悪いインフレをもたらしている。

少なくとも基礎素材や基幹工業製品を国内でつくれている日本は恵まれており、それを支える東海エリアは極めて大きな貢献をしている。今後も貢献を続けてほしいと思う。

人材確保に課題感、観光事業に伸びしろ

BCG名古屋オフィスが入るビル
BCG名古屋オフィスが入るビル(左)

ビジネス自体は好調な一方で、人材確保に課題を感じている企業は多い。新卒だけでなく中途採用でも、圧倒的に東京に人が集中しているため、東海エリアでの採用は難しくなっている。特に、デジタルやITの業界はこの傾向が顕著で、優秀な人材を引き寄せることは容易ではない。グローバル人材についても、世界規模のメガシティという魅力に惹かれ東京に集中する傾向がある。それに伴って、デジタル系人材の専門的な交流の場など名古屋では探しづらいコミュニティもあるため、一部の企業は特定の機能や部署を東京に移転する対応を取っている。

ただ、ビジネスパーソンにとって名古屋は非常に働きやすく、住みやすい場所でもあると思う。国内を移動する場合、拠点として非常に便利で出張も行きやすい。東京まで1時間半、大阪・京都は数十分、福岡も飛行機で1時間でアクセスできる。東京ほど地価や物価は高くないし、余暇も充実させやすい。そこに可能性があるかもしれない。今後人口が減っていくという全国共通の課題はこの地域にもある。経済が順調なときに適切な対策を講じないと、打ち手が限られてしまう。だから、今こそ次世代に向けた手を打つべき時だし、伸びしろもあると思う。

例えば、観光分野では、インバウンドも含めもっと成長の余地があるだろう。前述したように東海エリアは国内各地へのアクセスがよく、拠点として活用してもらう余地がある。リニアが開業すればさらに利便性は向上するだろう。

観光資源という観点でも、名古屋には古くからの文化の名残があり、老舗の和菓子店なども多い。また、愛知は昨今盛り上がりを見せるスポーツ産業においてもプロ野球、サッカーJ1、バスケB1、バレーボールSVリーグすべてにチームを持っている。大相撲の本場所も開催されており、これほどありとあらゆるスポーツやエンターテインメントが見られる都市は東京、大阪以外には名古屋くらいではないだろうか。また変わり種では世界最大級のコスプレサミットも定期的に催されている。

伊勢神宮
伊勢神宮

また愛知以外にも東海地域には三重県の伊勢志摩、岐阜県の白川郷や飛騨高山、静岡県の富士山周辺など、世界的にも有名な観光地があり、まだまだ多くの人に来てもらえるのではないか。

コンサルタントが考える名古屋ビジネスの展望

自動車産業は、グローバル大手メーカーの顔ぶれが長らく変わらなかった。EVが登場してからは米テスラや中国のEVメーカーなど新しいプレーヤーが次々と登場し、業界構造が転換期を迎えていることは事実だ。しかし、自動車は製品寿命が長い。今年売った車は、10年、20年後にまだ走っている。また、世界的に見ても、電力が不安定で電気が十分に供給されていない新興国もあり、そういった国々に電気自動車をすぐに普及させるのは難しい現実がある。こうした状況を踏まえると、EVへの移行には時間が必要であることは自明だ。自動車関連企業も、EVや自動運転、シェアリングといったさまざまなトレンドを踏まえて、中期、長期での移行を検討し、進めている。その中で、東海エリアの企業がより強くなっていくことを期待しているし、応援したい。

自動車産業以外でもエネルギー転換、グリーントランスフォーメーション(GX)の波が各産業に押し寄せている。それはリスクでもあると同時にチャンスであり、その中で、新しい産業や企業がこの地区においても勃興してくるだろう。

昨今は地政学リスク、政策変更、新しい技術の隆盛など不確実性が高い時代だ。その中で、現行のビジネスを維持しながら、中長期的な戦略を描くことが必要だろう。ただ、各企業には既存のビジネスモデルや慣習があるため、大きな方向転換を自社だけで図るのは容易ではないという現実もある。変化が大きく、ビジョンを描きづらい今だからこそ、コンサルティングファームとして外部からの視点を提供することで生み出せる価値があると信じている。


木山 聡

木山 聡
BCGマネージング・ディレクター&シニア・パートナー
伊藤忠商事株式会社を経て2001年にBCGに入社。BCG トランスフォーメーショングループ 日本リーダー。交通・都市開発・運輸グループ、グローバル化戦略グループ、産業財・自動車グループ、および組織・人材グループのコアメンバー。名古屋オフィス管掌。

自動車、自動車部品、機械、電子部品、素材、総合商社、不動産・建設、エネルギーなどの業界の企業に対して、全社変革、新規事業構築、デジタルによる事業・機能の革新、新興国戦略の策定・実行支援、 ポートフォリオ・マネジメント、PMI(M&A後の統合)などのプロジェクトを手掛けている。

共著書に『BCGの特訓―成長し続ける人材を生む徒弟制』、日経ムック『BCGカーボンニュートラル経営戦略』、日経文庫『BCGの育つ力・育てる力 』(日本経済新聞出版)など。