武田薬品のデジタル戦略 責任者ガブリエレ・リッチ氏に聞く

東京に本社を置き、米国マサチューセッツ州ケンブリッジにグローバル拠点を構える武田薬品工業は、バイオ医薬品企業として業界をリードし、消化器系疾患、希少疾患、血漿分画製剤製造、がん、神経科学、ワクチンなどの重要な治療領域で、人生を変える治療薬の開発と提供に注力している。

データ&テクノロジー最高責任者(CDTO)のガブリエレ・リッチ氏は、BCGニューヨーク・オフィスのマネージング・ディレクター&シニア・パートナーのトーベン・デンジャーとの対談で、同社の大規模なデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みやそのバリューチェーン全体への影響について語った。同社の新しい倫理的AIフレームワークや不確実な時代におけるリーダーシップ、パートナーシップの重要性についても触れた。

トーベン・デンジャー: これまで多くのバイオ製薬会社でリーダーとしての経験を積んできたが、その経験はあなたのリーダーシップにどのような影響があったか?また、現在のビジネス環境で、他社のデジタル責任者に3つのアドバイスを挙げるなら?

ガブリエレ・リッチ: 私は製造施設で働き始め、その後本社に移った。この経験のおかげで、大手製薬会社の複雑さを理解し、テクノロジーが組織のさまざまな部分をつなぎ、価値を生み出すのにどのように役立つかを学ぶことができた。

第一のアドバイスは、機能的なリーダーとして、組織に価値を提供することに全力を尽くすこと。第二に、人材のリーダーとして、従業員や組織が時代とともにどのように進化するかを考えること。第三に、デジタル・リーダーであること。顧客と長期的な価値創造に集中する考え方を受け入れることだ。

私たちは、組織が未来に備えられるよう手助けしてくれる新世代のリーダーを必要としている。彼らは大胆で、勇気があり、恐れを知らない存在であるべきだ。この激動の時代に何が可能なのか、再考する必要がある。現状への挑戦は、イノベーションや価値創造を推進する機会だと捉えるべきだ。

デンジャー: 大規模なDXを主導している。最も重要な成功要因は?

リッチ: 私たちの目標は、科学主導のデジタル・バイオ医薬品企業として最も信頼される企業になることだ。成功には4つの要素が欠かせない。第一に、リーダー層のコミットメント。明確な戦略と組織にとっての変革の意味を伝えることだ。第二に、長期的な視点に立った組織の再構築。必要なスキルと能力を明確にすること。第三に、価値の創造。組織全体のリソースを活用して価値を創造する決意が必要だ。第四に、変革における組織への支援。変革の理由と方法を理解し、全員を巻き込むことが大切だ。

デンジャー: この変革に伴い、オペレーティング・モデルの変更は必要だった?

リッチ: 変革を推進するための組織を編成し始めた時、デジタル人材の80%が社外にいることに気付いた。もしミシュランの三ツ星シェフになるという大きな目標があるなら、厨房を外注するなんてことはしない。これはデジタル変革においても同様である。そこで私たちはどのような組織能力が必要かを策定した。大規模な内製化が必要だったため、イノベーション・ケイパビリティ・センターを設立した。患者のために優れた治療法を生み出す製造施設のように、私たちは組織全体で価値を創造するためにデータとデジタルソリューションを創り出している。

デンジャー: 武田薬品はデジタルデータ分析に多額の投資を行っている。デジタルやデータと他の分野とのバランスをどのように判断し、イノベーション投資全体をどのように管理している?

リッチ: 私たちは、データとデジタルをビジネスのあらゆる側面で取り入れている。各事業部門にデータとデジタルを組み込むことで、それぞれの責任者は、事業の他の部分とのバランスを考えながら、DXへの投資を増やすか減らすかを判断できるようになる。私の役割は、それらの点と点を結びつけ、最良のアイデアと機会を取り入れ、バリューチェーン全体で拡大することだ。

組織にとっての大きな変化は、最小限の投資でいかに価値を提供するかを考えることだった。MVP(必要最低限の取り組み)という概念と、それを継続的に行うことでその価値を組織全体に拡大させる取り組みが、投資の優先順位を完全に変えた。

デンジャー: 武田薬品のデジタル化において、研究開発、患者体験、サプライチェーンの分野ではどのようなことができるか?

リッチ: 開発はデジタル化の重要な機会だ。当社は現在、6つの開発品が第3相臨床試験段階にあるが、臨床試験のための患者の募集は非常に難しい。そこで、患者体験を見直し、集中型試験やウェアラブル端末、遠隔医療などのテクノロジーを活用して、患者が臨床試験に参加する際の負担を軽減する方法を検討している。

サプライチェーンについては、完全にAIが主導するシステムが導入され、大きな進歩を遂げた。このネットワークは、治療薬をできるだけ早く患者に届けるよう最適化されている。また、センサーを使って効率化を図り、ドローンが倉庫周辺を飛び回って在庫をリアルタイムで計算する仕組みも導入した。

対談で質問に答えるガブリエレ・リッチ氏
武田薬品のデータ&テクノロジー最高責任者(CDTO)、ガブリエレ・リッチ氏

デンジャー: AIと生成AIに関して、最も期待していることは?

リッチ: 倫理的AIフレームワークを構築し、リスクを管理しながら実験できる環境を整えることを目指している。 製薬会社でデジタルトラストの責任者を置いているのは、当社だけではないだろうか。この役職は、データやデジタルソリューションの構築と維持のプロセス全体に倫理的な要素をどのように取り入れるかを考え、潜在的なアルゴリズムの偏りを明らかにすることで、より透明性が高く監査可能なシステムを構築することに貢献している。その結果、より公平な成果が得られる。当社は、外部のデータを使ってこれらのアルゴリズムをトレーニングしているため、データを適切に管理し、予期せぬ結果を避ける責任がある。

デンジャー: 武田薬品のデジタル変革における最大の課題は?また、それをどのように乗り越えるか?

リッチ: 文化を変えることだ。日本には武田薬品のように創業200年以上の企業が3,000社以上あり、これらの企業には、顧客第一であることや長期的価値の創造、機敏さと回復力といった共通の特徴がある。私たちの目標は組織の敏捷性を高め、顧客との関係を強化し、価値創造に注力することだ。組織全体で約5万人いる従業員たちにこの考えを浸透させるのは、長い道のりになる。

デンジャー: 武田薬品は他社とどのような提携をしていきたいか?

リッチ: 提携には、共通の目標を持つ企業同士が、同じ価値観に基づいて価値を提供し、互いの成功への貢献を約束することが必要だ。

共同で意思決定を行う際は、その決定が、患者や、当社が事業展開する地域社会からの信頼、そして当社のブランド評価にどのような影響を与えるか、さらに最終的にはその決定が経済的に持続可能かどうか、これらを常に考えている。この価値観をパートナーと共有することで、共に価値を創ることができる。当社は組織全体で提携の可能性を探求している。

当社は進化し続けている。ビジネス環境が変化しているため、私たちの組織は常に試行錯誤しており、絶えず変化している。進むべき方向を意識し、シグナルに素早く反応できる機敏さを持つことが重要である。