「イノベーションの準備ができている企業」はわずか3%――BCG調査

原材料価格の高騰や地政学リスクなど、事業環境を取り巻く環境が複雑性を増している。その中で競争力を維持する大きな要素となるのが、イノベーションだ。しかし、ボストン コンサルティング グループ(BCG)が発表したイノベーションに関するレポートによると、イノベーションを重視する企業は過去もっとも多いにも関わらず、実際にイノベーションの準備ができている企業はわずかであることがわかった。

調査は、イノベーションにかかわる世界の経営層1,000人以上を対象に実施した。BCGがイノベーション・レポートを発行するのは今年で18回目。

イノベーションを重視する企業の割合は過去最多

今回の調査では、イノベーションを自社の優先課題の上位(3位以内)に挙げた企業の割合が83%と、過去最多だった(図表1)。日本の回答者も、90%がイノベーションを優先課題に挙げている。

イノベーションを重視する企業の割合を示した図

しかし、イノベーション重視の姿勢とは裏腹に、実際にイノベーションを成功に導く能力を持っている企業は少ない。BCGは、「ガバナンス」「組織とエコシステム」「人材と文化」「プロジェクト」「ポートフォリオ」などイノベーションに不可欠な10の要素を測る独自の指標「イノベーション・トゥ・インパクト(i2i)」により、企業を評価している(100点満点中80点以上が「イノベーションの準備ができている企業」と認定)。今年の調査で「イノベーションの準備ができている」と認定された企業はわずか3%で、2022年の20%から急激に減少した(図表2)。

イノベーションの準備ができている企業の割合を示した図

事業戦略とイノベーション戦略の連携が重要

調査に回答した経営層のうち、「自社は事業戦略とイノベーション戦略を連携させる努力をある程度している」と回答したのは半数未満(48%)で、「緊密に連携させて実際にインパクトを生み出している」と答えたのはわずか12%だった。しかし、イノベーション活動の量(進行中のプロジェクト数)自体の変化は見られず、インパクトを生み出すまでには至らない形式的なプロジェクトが多く行われている現状が明らかになった。

レポートの共著者で、BCGマネージング・ディレクター&シニア・パートナー木村 亮示は「戦略が曖昧なまま、ただ形だけのイノベーションに取り組んでいる状況が見受けられる。そうした企業は、イノベーション戦略と事業戦略の結びつきを強化して軌道修正を図ることが重要だ」とコメントしている。

自社のイノベーションチームが直面している課題を経営層に尋ねたところ、戦略に関する懸念が最も多く、52%の回答者が「不明確、または具体性に欠ける戦略」を課題の上位に挙げた。その他の懸念としては、「金利の上昇(47%)」「人材面の制約(44%)」が挙がった。日本企業では、「資本コストの上昇」を挙げた回答者が80%と最多で、「人材面の制約(50%)」がそれに続いた。

優れた戦略でイノベーションを成功させた例のひとつが、デンマークのノボ ノルディスクと米イーライリリーの2つの製薬企業がそれぞれ開発した糖尿病治療薬だ。両社は、長年にわたり糖尿病治療に注力し、その結果として肥満治療分野でも画期的な薬剤を開発した。両社はGLP-1アゴニストという糖尿病薬の新カテゴリーを探求し、その血糖値低下効果と体重減少効果に着目。ノボ ノルディスクは「やせ薬」として知られる「ウゴービ」「オゼンピック」を含む複数の治療薬を開発し、イーライリリーも糖尿病・肥満症治療薬として使われている「マンジャロ」「ゼプバウンド」を開発した。

オゼンピックなどのやせ薬の写真
オゼンピックなどのやせ薬 ©Shutterstock

これらの成功は、両社の、持続的な研究開発とリスクを取り続けた戦略の成果だ。当時は多くの企業が肥満治療薬の開発に挑戦し失敗している状況で、副作用が出る可能性や、注射型の新しい治療法が患者に受け入れられるかどうかという懸念もあった。新薬の承認には時間と労力がかかることもリスクになった。両社はこれらのリスクを受け入れ、管理しながら研究と投資を続けたことで、大きな成功を収めた。

イノベーションの準備ができている企業は、生成AIの活用でもリード

戦略に基づいてイノベーションのプロセスを変革し、成功に導くための突破口となるのが、AIをはじめとする最新のテクノロジーだ。ほとんどの企業が、以前から従来型の予測AIの活用に取り組んできた。しかし生成AIの台頭により、イノベーションに秀でた企業の多くが、これまでにAIで成し遂げてきたことの「質」の評価を見直さざるを得なくなっているようだ。「自社はAIを導入してインパクトを創出した」と答えた経営層の割合は、2022年から2024年にかけて37%から10%に減少した。

調査に回答した経営層の約9割が、「自社はイノベーション・研究開発・製品開発で生成AIの活用を試している」と答えたが、その試みの多くはまだ初期段階にとどまっている。「現在、生成AIを大規模に実装している」と回答した経営層はわずか8%だった。

「イノベーションの準備ができている企業」は生成AIの活用についてもリードしており、調査では、「イノベーションの準備ができている企業」は生成AIを1つ以上の活用案件に導入している可能性が1.5倍高く、大規模に実装している可能性は5倍高いということが明らかになっている。

レポートの共著者で、BCGボストン・オフィスのマネージング・ディレクター&シニア・パートナー、マイケル・リンゲルは「生成AIは効率性を高め、組織に新しい視点をもたらす。それゆえに企業のイノベーション部門をより速く、より良い形で強化することが可能だ。しかし組織を導く戦略的な指針がなければ、イノベーション部門がどんなに効率化されても、その能力を十分に発揮するのは難しいだろう」とコメントしている。

■ 調査レポート
Most Innovative Companies 2024: Innovation Systems Need a Reboot

■ 調査概要
世界各国の広範な業種の経営幹部を対象に、自社のイノベーションへの取り組みについて尋ねた調査。初回は2004年に実施し、18回目となる今回は1,000名以上から回答を得ている。調査は2023年11月と2024年1月に実施した。