テイラー・スウィフトさんから企業が学べる3つの戦略

2024年2月7日~10日に東京ドームでも公演したテイラー・スウィフトさんは世界最高のポップスターだ。彼女の曲は2023年にスポティファイとアップルミュージックの両方で最も多くストリーミングされ、彼女は現在34歳にして歴代ベストセラー・ミュージシャンの一人である。その影響力は音楽の世界にとどまらない。米国経済にとって巨大な影響力を持っていると認識されており、ワシントン・ポストによると、彼女が現在行っている「THE ERAS TOUR」は米国内だけで57億ドルの経済効果があると予測されている。その影響力から、2023年のタイム誌の「今年の人(パーソン・オブ・ザ・イヤー)」に選ばれた。

彼女の成功は一時的なものではない。ビルボードの「ホット100」チャートで2012年に初めて1位を獲得し、その年のビルボード最大の稼ぎ頭となった。それ以来、2014年、15年、17年、20年、21年、22年、23年とチャート上位に入った。2024年2月には、史上初となる4度目のグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞した。

2024年2月10日に東京ドームにて行われたコンサート開始前の会場の様子(写真)
2024年2月10日に東京ドームにて行われたコンサート開始前の会場の様子

スウィフトさんが成功を続けてきた時期は、ビジネス全般、特に音楽業界にとって激動の時代だ。例えば、音楽制作は民主化され、かつては常識だったレコード会社との契約やスタジオの利用は必須ではなくなっている。グラミー賞を受賞したシンガーソングライター、ビリー・アイリッシュさんのデビューアルバムは、ビリーさんの兄の寝室で録音され、3,000ドル以下の機材とソフトウエアを使って制作された。

制作だけでなく、音楽配信とその消費も民主化されたことで、多額のマーケティング予算も成功の絶対条件ではなくなった。当時まったく無名だったラッパーのリル・ナズ・Xさんのシングル「Old Town Road」はTikTokで瞬く間に拡散し、ビルボードの「ホット100」に登場した。旧来の参入障壁が崩れるにつれ、競争はこれまで以上に細分化され、ダイナミックで熾烈になっている。

スウィフトさんがトップであり続けられる理由は何だろうか? 彼女が才能あるシンガーソングライターであることは間違いない。しかし、商業的な興味からか、または他のアーティストが彼女を崇拝しているからか、いずれにせよ彼女のスタイルがよく真似されることを考えると、要因は彼女の音楽そのものだけではないだろう。

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スウィフトさんはファンと直接的なつながりを築いてきた

スウィフトさんは、彼女の世代で最高のミュージシャンのひとりであり、また最も賢明なビジネスパーソンであることは、同世代のアーティストだけでなく世界の富豪であるイーロン・マスク氏も認めている。その成功要因のひとつは、優れた戦略に対する強い直感だ。彼女が実践してきた重要な戦略を3つ紹介する。

1. デジタルの世界で感情的なつながりを生み出す

スウィフトさんは、キャリアをスタートさせた当初から、ファンとオンラインで会うことに努めてきた。最初はマイスペースとTumblr(いずれもSNS普及初期に流行した米国発のサービス)で、その後はインスタグラムとTikTokで、アクティブで熱心なファンのコミュニティを育てたことで、ファンとの直接的なつながりを築いた。彼女はファンのコンテンツに頻繁に「いいね!」を押したり、コメントしたり、リポストしたりしている。スウィフトさんのコミュニケーションは、彼女の曲やアルバムと同様、親近感が持てるものだ。彼女はファンのために行動を起こすことで知られており、アルバムのリリース前には、ファンの一部を厳選して「シークレット・セッション」と呼ばれる非公開のイベントに招待したこともある。彼女の投稿には、ファンが解読できるような次の動きについての「手がかり」が残されているため、話題性や期待感を生み出し、エンゲージメントを繰り返し高めている。

スウィフトさんのデジタルコミュニケーション戦略は、大規模で忠実なコミュニティをつくり上げた。彼女は、インスタグラムの1投稿あたりの「いいね!」数が最も多いセレブであり(タイム誌によると平均780万件)、その影響力も非常に大きい。ビルボードによると、オンラインでの有権者登録を支援する非営利団体Vote.orgを通じた投票登録をスウィフトさんがフォロワーに呼びかけた1時間後に、有権者登録は1,266%急増した。スウィフトがファンとの間に築き上げた直接的で感情的な絆によって、ファンは、彼女が「自分たちの仲間」であるかのように感じられる。これが、競合となりうるアーティストが次々と登場しても、彼女のポジションがゆるがない要因である。

2. 自分の仕事を直接管理する

スウィフトさんは、作品の権利関係から配給等に至るまで、自身の仕事を自ら管理することでも有名だ。デジタル時代において仲介を排除したユニークで強力なモデルを築いている。

スウィフトさんは音楽業界の伝統的なモデルを打ち破った。すでに再録済みものも含め、キャリア最初の6枚のアルバムを再びレコーディングすると発表。これにより自身の音楽著作権をコントロールできるようになっている。また、彼女の活動は小規模なチームによって管理されており、外部のマネージャーやエージェントには頼らない。同様に、コンサート映画の配給も映画スタジオを通さず、直接的に上映することを選んだ。作品の制作と流通の手段を管理することで、自分の価値を最大限に引き出すだけでなく、変化する市場に迅速に対応することができる。

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2023年に発売された再録版のアルバム『1989(テイラーズ・バージョン)』

3. 常に自己改革する

多くのアーティストは、業界に入ってくる新しい才能によって変化するトレンドについていけなくなると、存在感が薄れ始める。しかし、スウィフトさんは一貫して自分を更新し続け、新たなトレンドを作り出すことにも成功している。

音楽ジャンルとしてはカントリーミュージックから始まり、ポップス、そして最近ではインディー・フォーク(現代的なフォークやロックから影響を受けたジャンルのひとつ)やオルタナティヴ・スタイル(ロックのジャンルのひとつで、型にはまらないスタイル)へと行き来しながら、ジャンルを超えたコラボレーションも試みている。彼女が語る物語(ストーリーテリング)は、成熟したテーマと遊び心のあるテーマのバランスをうまくとっており、彼女の作品は、昔からのファンが年齢を重ねても、また若いファンからも、共感を呼び続けている。

また、彼女はコンサートのあり方を刷新し、業界に新たな基準を打ち立てた。現在進行中の「THE ERAS TOUR」ツアーは、彼女の17年のキャリアを網羅する音楽の旅に観客を誘う、総合的な文化イベントだ。40曲以上を歌い、ショーは3時間半以上に及ぶ。

その回限定の曲にサプライズ要素が含まれているため、記憶に残りユニークで、ソーシャルメディアでも「共有しがいのある」体験となる。

このように、スウィフトさんは芸術に戦略を組み合わせたときの強い力を証明している。企業は単に彼女の作品を楽しんだり刺激を受けたりするだけでなく、彼女の成功物語から得られる戦略的教訓に細心の注意を払うべきである。

※本記事は、BCGヘンダーソン研究所(BHI)の記事「Strategy Lessons from Taylor SwiftCharikleia Kaffe, Adam Job, Martin Reeves)2023年12月」の抄訳です。