東京に見る都市の未来 交流で新たな価値が生まれる「ナレッジ・キャンパス」へ
都市の姿は変わりつつある。従来のオフィス中心の街から、知識、生活、ビジネスが交わる場へと進化する動きが、世界の大都市で広がっている。この変化を捉えたのが「ナレッジ・キャンパス」という概念だ。この概念を整理した論文「The Rise of the Urban Knowledge Campus」が、Harvard Business Review本誌2026年5-6月号に掲載された。著者はBCGの葉村 真樹らである。
ナレッジ・キャンパスという概念は、BCGのシンクタンク、BCGヘンダーソン研究所の論考「再生する都市中心部――オフィス街から『ナレッジ・キャンパス』へ」における分析を起点としている。東京の中心業務地区(CBD: Central Business District)を分析し、その具体像と成立要因を示した。本記事では、その要点を紹介する。
都市中心部は再構築を迫られている
コロナ禍を契機に、働き方は大きく変化した。多くの都市では一時的に人流や消費が郊外へとシフトし、CBDは空室率の上昇や賃料低下といった課題に直面した。その後、人の動きは回復しつつあるものの、オフィスへの出社は完全には元に戻らず、従来型のオフィス中心のCBDは構造的な見直しを迫られている。
こうした背景のもと、オフィス、自宅、カフェなどを行き来する柔軟な働き方が定着しつつある一方で、多くの都市ではそれを支える環境が十分に整っていない。その結果、働く場所と生活が分断され、移動や日常生活における非効率が生じている。
東京が示す新たな都市モデルとその構造
世界の都市の中で、例外的に高いパフォーマンスを示している都市の一つが東京である。東京のCBDは空室率や賃料の面で堅調さを維持しており、他の多くの大都市でオフィス需要が低迷していた2024年時点にも、相対的に安定した動きを見せていた(図表)。

東京の特徴は、超高密度な都市構造と、それを支える交通・土地利用の設計にある。たとえば都心部の人口密度は1平方キロメートルあたり7万人を超え、マンハッタンの約2倍に達する。この高密度のもとで、オフィス、住宅、商業、文化施設など多様な機能が徒歩圏内に集約され、日常生活からビジネスまでがシームレスに結びついている。
加えて、優れた公共交通網を基盤とした高い接続性も大きな特徴である。主要なCBDはすべて鉄道のハブとなる駅の近接圏に位置し、多くのオフィスが駅と直結している。地下通路網や高頻度の鉄道運行により、天候に左右されない効率的な移動が可能であり、大都市でありながら通勤負担は相対的に抑えられている。
さらに、東京のCBDでは複合用途開発が進んでいる。例えば六本木では住宅が全体の約25%を占めるなど、住宅、商業施設、公共空間がバランスよく配置されて業務時間外も人の流れが途切れない都市環境を形成している。パリのラ・デファンスやロンドンのカナリー・ワーフといった他都市のCBDではオフィス用途が60〜80%を占め、単機能な土地利用が依然として主流であるのに対し、東京では働く・暮らす・過ごすといった機能が同一エリアに統合されていると言える。

産業集積の面でも、六本木のテクノロジー、渋谷のデジタル・クリエイティブ、丸の内・日本橋の金融・プロフェッショナルサービスといった形で機能分化が進み、同業者同士の交流を通じた知識の広がりが生まれている。加えて、渋谷のクリエイティブな街並みや丸の内のフォーマルな環境といった都市の個性が、人材の志向と結びつき、企業と人材のマッチングを促進している点も重要である。
これらを支えているのが、長年にわたる公共交通を軸とした都市開発と容積率規制の柔軟な運用である。特に住宅供給を積極的に拡大してきたことで、都心近接の居住が可能となり、働く場と暮らす場の分断が抑えられてきた。こうした制度と都市構造の組み合わせによって、仕事、生活、交流が一体となった新たな都市モデルが形成されている。これが「ナレッジ・キャンパス」である。
「立地」は企業戦略になる
働き方が大きく変化する中で、オフィスの立地は企業の競争力を左右する戦略要素となっている。適切な場所を選べば、人材の獲得・定着や生産性向上につながる一方で、判断を誤ればパフォーマンス低下や人材流出を招くリスクもある。
企業に求められるのは、ナレッジ・キャンパスとして機能するCBDを見極めることである。アクセス性や産業集積、交流機会といった要素を備えた環境は、知識の広がりを生み、組織全体の価値創出を高める。また、企業は単に立地を選ぶだけでなく、デベロッパーや自治体と連携しながら、エコシステムの形成に関与することも重要になる。
同時に、働き方の再設計も不可欠だ。対面で価値が生まれる業務に焦点を当てたハイブリッドモデルの導入や、カフェやコワーキングスペースなど多様な働く場の活用、社内外のコミュニティ形成の促進などが求められる。重要なのは、オフィス出社の意義を明確にし、場所がもたらす価値を従業員と共有することである。
都市とオフィスの関係は大きく変わりつつある。先進的な企業はこの変化に適応するだけでなく、自ら都市のあり方に関与し、新たな価値創出の場を形づくっていく存在へと進化している。もはや、オフィスは単なる場所ではなく、企業戦略そのものと言える。
原典: 再生する都市中心部――オフィス街から「ナレッジ・キャンパス」 へ(2025年4月)