思考ツールで業界のルール作りを考える―『BCG 経営課題解決「20の思考ツール」』第1回

「構造化」と「マルチ・ステークホルダー・マネジメント」のケーススタディ

日本企業が不得意な分野の一つに、グローバルビジネスでの業界ルール作りがある。この課題についても、「構造化」「マルチ・ステークホルダー・マネジメント」を使うと解決の道筋を立てることが可能だ。以下の例で実際の活用例を解説する。

グレーボックス例
製造業Y社は、売り上げ3000億円、営業利益150億円、海外売上高比率は50%超、環境関連の技術で成長中の企業だ。技術の優位性はあるものの、規制や業界標準でその優位性が薄れつつあるという課題を抱えている。 世代交代で新しく就任した社長は、グローバル事業推進部長H氏に、この業界ルールに関する課題の克服の模索を指示した。

H氏は、まずグローバルビジネスでの業界ルールとは何かを構造化を用いて整理を試みた。調べると、ルールにはスタンダードとレギュレーションがあることがわかる。

スタンダードとは、業界や団体が定めた「基準」や「標準」であり、一般的に法的拘束力はないが、広く受け入れられている指針やガイドラインだ。レギュレーションは、政府や公的機関が定めた「法規制」や「規則」であり、遵守が義務付けられている。

スタンダードには、①守ることが義務ではなく、推奨される指針、②企業や業界団体、国際機関が策定する、③品質や安全性の向上を目的とし、企業が信頼性や競争力を高めるために採用する、④国際・業界標準が多い、という特徴がある。例として、ISO(国際標準化機構)やIEC(国際電気標準会議)などの規格がある。

一方、レギュレーションは、①法的拘束力があり、違反すると罰則や制裁の対象になる、②政府・公的機関が制定し、国や地域ごとに異なる規制がある、③消費者保護や安全確保が目的で不正防止や環境保護のために策定される、という特徴があり、GDPR(EUの一般データ保護規則=個人情報保護)、FCPA(海外腐敗行為防止法=贈収賄防止)などがある。これらを構造化すると以下の図表2のようになる。

業界ルールについてスタンダードとレギュレーションに分けて構造化した結果

さらにH氏は、他社がルール作りに失敗した事例と成功した事例を参照した。前者としては、国内でモバイルインターネットを先行させたが、それをグローバルのスタンダードには昇華できなかった例がよく引き合いに出される。日本では、独自仕様でモバイルインターネットを普及させたが、2000年代後半からスマートフォンが急速に普及すると、携帯電話を使った独自仕様はガラパゴス技術と化し、海外展開には至らなかった。

一方で、成功例としてはダイキン工業が挙げられる。モーター回転数を細かく制御できるインバーター技術を保有するダイキンは、低価格のエアコンが優勢だった中国において、2008年に現地空調大手・珠海格力電器にインバーター技術を供与。その上で、同社と共同で中国政府に働きかけ、省エネルギー規制の強化に成功した。また、インドでは、家庭用エアコンに導入した冷媒「R32」はほぼ燃えないにもかかわらず、「可燃」に分類され、普及が進まなかった。そこでダイキンは、ISOで冷媒の規格改定に動き、分類に新しいカテゴリー「微燃」を加えることに成功。インド国内ではISOの新規格を反映した基準作りを支援することで、自社製品の強みが正当に評価される市場環境を整備することができた。前者は省エネ規制(レギュレーション)を強化できたこと、後者はISOの規格(スタンダード)を改定したことが成功要因である。1

ルール作りは、多くの場合、ルールの策定から運用まで長い時間がかかるため、短期決戦ではなく、中長期で腰を据えて臨む必要がある。加えて、監督官庁と外郭団体、自治体、業界内の事業会社とその取引先、地域社会と住民など、多種多様な利害関係者が存在するため、ルール策定にあたっては、必ずといってよいほど反対論者が存在する。そのため、彼らとの利害調整を図る必要がある。

そのときに必要な考え方が、マルチ・ステークホルダー・マネジメントである。ルール作りの構想を実行段階に移すときは、関連するそれぞれの組織の要望を「必ず達成したいこと」と「できれば達成したいこと」に分類して整理した上で大所高所から考えて目指す姿や道筋を策定し、意見を調整していく。

Y社は、環境関連のルール作りを業界他社と連携して推進しつつ、自社が特許を保有するコア部品を他社も活用しやすいように規格化した。これにより、他社がルールを遵守しようとすると、自社のコア部品が自ずと使われるような仕掛けを作った。

しかし、これに対し「Y社のコア部品が市場で大きな影響力を持っていて、Y社が有利ではないか」と競合が指摘し始めた。そこでY社は、政府にはルール作りの大義を、コア部品を購入する企業にはY社のコア部品の競争優位性を、そして、コア部品の競合企業には別の分野での事業連携を持ちかけ、それぞれの組織が納得のいく形で実現方法を構想し、議論を重ねることで利害を調整した。

本書内では、この後のルール作りの詳細や他の思考ツール、ケーススタディも紹介している(購入はこちら)。

  1. 「日経ビジネス」2025年1月13日号より ↩︎

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