属人的なサプライチェーンから脱却する――『BCGが読む経営の論点2026』から
日本企業のサプライチェーンはこれまで、現場の経験や匠の技に支えられてきた。だが、不透明な時代においては、変化を前提にしたサプライチェーンの構築が求められる。生成AIの登場は、属人的な運用から脱却できるチャンスだ。どの判断を人が行い、どこでAIを活用するのか。その設計力こそが、これからの企業の力を左右する。
『BCGが読む経営の論点2026』(日本経済新聞出版)では、BCGのオペレーショングループのアジア・パシフィック地区リーダーの内田 康介と同グループの佐藤 耕太郎が日本企業特有のサプライチェーンの課題と解決に向けた道筋を解説している。その一部を要約して紹介する。
激変する外部環境
サプライチェーン・マネジメント(SCM)を取り巻く環境は、この数年で劇的に変化した。地政学リスク、気候災害、パンデミック──。さらに、SNSによる影響で需要が突発的に増えたり減ったりするような変化は、BtoC(消費者向け)の業態に限らず、BtoB(法人向け)企業でもリスクとして顕在化しつつある。もはや変化は常態であり、企業は複雑かつ不確実な状況でサプライチェーンを運営することを余儀なくされている。
かつて、SCMは「安く・早く・大量に届ける」ことが目的で、企業の各機能を個別に最適化することで成果を上げていた。日本企業が得意とする”すり合わせ”などの属人的な運営も、ある種、競争優位の源泉だった。
だが、変化の激しい環境において、現場に依存した従来のSCMの限界が露呈した。「現場に任せればなんとかなる」という発想はもはや通用しない。単に供給網を効率化するのではなく、収益や資産効率など、複数の経営課題にまたがる判断をぶれずに実行できる仕組みが求められている。SCMは今や企業の競争力を左右する経営の中枢機能であり、経営が深く関与し、構造から再設計することが必要不可欠だ。
意思決定のボトルネック
従来の属人的な運営とデータの分断は、経営の判断を曇らせている。今どこに、何の在庫が、どれだけあるのか。特定の拠点が止まった場合、代替手段はあるのか。サプライヤーや地域への依存は過度になっていないか。どの物流業者に、どれほどのコストを支払っているのか。多くの企業では、SCMに関するごく基本的な問いにすら即答できないのが現実だ。
その理由は、判断が個人に依存しているからだけでなく、必要なデータが分断されているか未整備であり、意思決定のプロセスが組織として設計されていないことによる。AIや高度な分析ツールを導入しても、土台となる判断基盤が整っていなければ機能しない。特に、販売や調達など部門横断の意思決定において、誰がどう判断するのかプロセスが明確になっていないことが、全体最適の実現への障壁となっている(図表1)。

このような状態のままSCMを運営し続けている結果、多くの企業は、需給の混乱から生じる欠品と過剰在庫の同時発生などの構造課題に直面しており、競争力がむしばまれている。
だが今では、クラウドやAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)連携によって異なるシステム間の接続が可能になり、IoT(モノ同士をインターネットでつなぐ技術)の活用で、工場や物流現場の動きをリアルタイムで把握する仕組みも整い始めている。
さらに、クラウド経由でサービスを提供するSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)型で必要な機能を網羅したエンドツーエンド(E2E)ソリューションが登場し、従来よりも安価で現場に導入しやすい選択肢が増え、企業間の連携を阻んできた壁を乗り越える環境が整いつつある(図表2)。

AI時代に問われる経営の意思決定力
AIは万能ではなく、基礎となるデータがなければ、正しい判断やシナリオは導き出せない。また、出力精度を向上させるため、E2Eでのデータ接続に向けた地道な整備や努力は不可欠だ。だが、断片的な情報しかない状況でも判断に必要な材料を提供できるのが、今のAIの現実的な強みである。
これまでSCM全体を統合・可視化し、収益力や企業価値につなげるのは、欧米企業の専売特許のように語られてきた。一方、日本企業は海外拠点や子会社を可視化する難しさや、言語や文化の壁などの課題に直面してきた。そうした課題をAIによって乗り越えられる環境が整ってきたのである。この機会を活かせば、日本企業も巻き返しを図ることができる。
AIは業務の自動化にとどまらず、意思決定の構造そのものを再設計する力を持つ。AIを活用しながらサプライチェーン全体をどう設計するか、組織としての意思決定の仕組みを経営がいかに構築するかが重要だ。AI、SaaS、IoT――これらはすべて、導入するだけでは差がつかない。こうした技術を使える構造を描けるかどうかこそが、変革できる企業とそうでない企業の分かれ目だ。
ビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいその年のトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊ではこれまでの常識が通用しない時代といえる2026年に、経営者が優先的に考えるべき10の論点を提示している。第4章「サプライチェーンを変革する――属人的なマネジメントからの脱却」では、日本企業がどのようにAIを活用すればSCM改革を成功させられるのか、具体的な取り組みを紹介している(購入はこちら)。