AIエージェント、フィジカルAIの登場で日本企業はどう変わる――『BCGが読む経営の論点2026』から

AIの進化が著しい。単なる応答を超えて自律的にタスクを実行するAIエージェントや、ハードウェアにAIを統合し物理的な仕事まで可能になるフィジカルAIも実用が見えてきており、思考だけでなく行動の領域までもカバーしつつある。この変化を前提にすると、企業はビジネスのあり方、そして人間に求められる役割を抜本的に見直す必要が生じている。

BCGが読む経営の論点2026』(日本経済新聞出版)では、BCGで生成AIトピックの日本リーダーを務める中川 正洋と、デジタル専門組織BCG Xで新規事業立ち上げなどをリードする安部 聡が、AIによって変わる組織構造や新たなビジネス上の課題について解説している。その一部を要約して紹介する。

AIエージェントとフィジカルAI

AIエージェントは、単純な質問への応答や文書の生成だけが可能だった生成AIとは異なり、判断から実行までを自律的にこなす。

具体的には、「10時に会議室が空いているか」といった問いに回答するだけでなく、「会議をしたいのでメンバーのスケジュールを調整し、会議室を予約し、メンバーのカレンダーに予定を書き込んでおいて」「請求書を確認し、見積書と比較して問題がなければ入金をしておいて」といった指示を受けて実行することが可能だ。人間の質問に答えるという補助的な役割にとどまらず、タスクを丸ごと任せられる段階へと移行し始めている。

フィジカルAIは文字通り、物理的な仕事を担う。これは、ハードウェアに組み込まれるソフトウェアにAIが実装された状態、ロボティクスとAIの融合を意味する。

従来のロボットとフィジカルAIの違いを、調理ロボットを例に説明しよう。これまでは「チャーハンを作るロボット」などと用途を限定し、中華鍋の表面を特定の温度に保って、鍋を3次元でどのように動かすかをエンジニアがプログラミングしておく必要があった。それが、熟練の調理人の動きをAIに学習させて再現させることにより、具材の量や温度、メニューに応じた最適な振る舞いが可能になり、チャーハンづくりにとどまらない汎用性を獲得した自律的な料理人ロボットに進化する。

これまでのAIは人の質問に答え情報を提供しながら、人間の「思考パートナー」として機能してきた。行動の主導権を握るのはあくまでも人間であり、AIは意思決定をサポートするという関係だ。ところがAIエージェントやフィジカルAIの進化に伴い、行動の部分もAIが担う世界へと移行しつつある。

AIが従業員になる時代の組織構造

自律的に仕事をこなすAIが大量に活躍する時代、企業の組織構造がそのままではいられないことは直感的にも理解できるだろう。この変化に対応した企業とは、どのような姿になるのだろうか。

「AIを使いこなす企業」とは、従業員が日々の業務にAIを活用している企業にとどまらない。それは、「デジタル従業員」として仕事をこなすAIの参加を前提に、企業と経営のあり方を本質から変革させ、業務プロセス全体を最適化させた企業である。

業務プロセスの最適化について考えるきっかけとして、ある保険会社の例を挙げる。その企業ではこれまで、加入時や満期時、保険金請求時などに発生する書類の準備や審査、支払いといった一連の業務をすべて人が担っていた。これを「どこにAIを入れて自動化できるか」という前提で見直してみたところ、約30のプロセスのうち、意思決定が必要なのはわずか6つにすぎないことがわかった。つまり、残りの24のプロセスはAIに任せられるということである。

これは一例にすぎないが、今後多くの企業は人力を当たり前としていたプロセスをAIが担うものとして再設計していく必要がある。

BCGは、AIが業務を担うようになることで組織は主に3つの観点で変化すると考えている(図表1)。

AIが業務を担うようになると、組織の姿が大きく変わる。従来のピラミッド構造から、リアルタイムで情報が連携され意思決定できる組織へ。今までは管理職が監督できる人数が制限されていたが、AIと人間の役割分担が進み、チーム間の垣根は取り払われる。また、IT部門は「AIの人事部」へと機能を拡大する。

①情報共有がピラミッド型からアジャイル型に変わる
まず、従来の企業では各部門の専門性と責任範囲が明確化され、メンバーが1人の管理職に報告を上げていくというピラミッド構造だった。ここにAIエージェントが入ることで情報がリアルタイムで連携されるようになるため、報告を上げるべき階層がなくなる。チームが相互に情報を共有しながらタスクを遂行する、透明性の高いアジャイル型の組織となる。

②人間とAIの役割分担が明確になる
ピラミッド構造の場合は、チームのサイズは管理職が効果的に監督できる人数に制限されていた。情報伝達がアジャイル型へと変化するのに伴い、チーム間の垣根が大きく取り払われることで、専門性というより業務の性質によって人間とAIの役割分担が進んでいく。たとえば、人間はAIが出した成果物の調整・監督や、顧客との関係構築といった情緒的なタスクをより多く担うようになっていくと想定される。

③IT部門が「AIの人事部」に拡大する
AIエージェントが業務に加わる組織では、既存のIT部門が「AIを管理する人事部門」へと役割を拡大する。権限管理や挙動の監視にとどまらず、どの役割や専門性を持ったエージェントをどこに配置し、どのタスクまで担わせるのが適切か、エージェントの選定から、人間とエージェントが協業した成果のモニタリング、トレーニングまでを扱うようになる。

AIエージェントによって多くの業務が自動化されていくことで組織はスリム化し、①~③の変化と同時に人間の働き方や、必要な能力の比重も変わっていく(図表2)。人間の仕事には全体としてより創造性が求められ、高度な判断を要する方向にシフトしていくと考えられる。スタッフ、管理職、経営層、それぞれの職位で役割が変化することを見越し、組織の設計図を見直す必要がある。

AIエージェントの導入により、人員構成も量・質ともに大きく変化する。多くの業務が自動化されることで組織はスリム化し、人間の役割は、より創造性と高度な判断を要する役割にシフトする。

その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊ではこれまでの常識が通用しない時代といえる2026年に、経営者が優先的に考えるべき10の論点を提示する。第1章「自律するAIと企業変革――経営の設計図を描き直す」では、AIで組織を抜本的に変えて競争優位を生み出す「AIファースト企業」となるためのポイントや、AIエージェント同士の協働によって誕生する「A2A(エージェントtoエージェント)」経済圏についても解説している(購入はこちら)。

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