シリア、アフガン、日本の視点から考える平和と人権――大阪・関西万博「テーマウィーク」講演レポート

大阪市の夢洲(ゆめしま)で開催中の大阪・関西万博で、ボストン コンサルティング グループ(BCG)は、世界共通の課題について話し合うイベント「テーマウィーク」に協賛している。「地球の未来と生物多様性」「SDGs+Beyondいのち輝く未来社会」など8つのテーマについて有識者が意見を交わす取り組みだ。
今年は広島と長崎への原子爆弾投下、そして終戦から80年の節目にあたる。依然として世界で紛争や人種差別が絶えないなか、8月12日には「平和と人権」をテーマに3つのトークセッションが開かれた。そのなかから、「平和の構築・実現」を議題に行われたセッションの様子をレポートする。
パネリストとして登壇したのは、シリアから難民としてカナダに移住し「ピース・バイ・チョコレート」社を経営するタレク・ハドハド氏、アフガニスタンで女子教育を推進する非営利組織「LEARN Afghan」設立者のパシュタナ・ドラニ氏、国際協力機構(JICA)で平和構築を担う大井綾子氏、東京藝術大学学長の日比野克彦氏の4人。慶應義塾大学大学院教授の蟹江憲史氏がモデレーターを務め、それぞれの「平和」への考えを紹介しながら、持続可能な平和や人権の実現への道筋について意見を交わした。
シリア難民が経験から語る「相互理解」と平和構築のカギ
蟹江氏はまず、国境を越えた平和構築の共通基盤として「相互理解」を挙げた。相互理解を深めていくためにはどうしたらよいかと問いかけた。
ハドハド氏は、「相互理解とは、平和を全ての人類にとっての基本的な権利と考えた時に理解することができる」と語り始めた。ハドハド氏の家族はシリアでチョコレート工場を経営していたが、内戦の激化により工場も家も失い難民となる。隣国レバノンでの避難生活を経て、シリア難民を受け入れているカナダへ移住し、「ピース・バイ・チョコレート」社を創業した。世界中の平和構築プロジェクトに資金を提供する団体「Peace On Earth Society」を設立し、同社の売り上げの一定額を団体に寄付するなど、チョコレートを通じて平和を広めることを目指している。

「カナダは1つの場所に国連があるようだ」とハドハド氏は表現する。「私の住む町は5,000人ほどの小さなコミュニティだが、26の異なる言語が話されている。私たちは違いはあっても、似た部分を理解する力をもって生まれている。平和は誰もが生まれながらに持っているもので、分断や憎悪は後から教え込まれたものだ。それを手放すことが必要だ」と語った。
続いて、なぜカナダでは相互理解が可能なのかという蟹江氏の質問に対し、「カナダには、多様性を大切にし、世界中の人たちを歓迎する理念がある。カナダに来て傾聴という言葉を学んだ。私たちは困難に直面している人々の声にもっと耳を傾けるべきだ」と強調した。
気候変動を“共通の敵”ととらえて戦う
大井氏は現在、JICAで紛争地域の平和構築や政府開発援助(ODA)に従事している。蟹江氏とは事前に「もし大きな敵が外にいるならば、それに対抗するために互いに協力して戦うことができるのでは」などと話していたという。
大井氏は「それには共通の利害が必要だ」と指摘し、気候変動を“共通の敵”と例えた。「6月にケニアにいたが、資源や水が足りなかったり、家を失ったりする人々を見てきた。ケニア、ウガンダ、南スーダンといった近隣諸国が共同して対応の枠組みを作っていこうと立ち上がっている。このような枠組みを国際社会の中で拡大していくことができれば、すべての国が共通の敵に立ち向かうことが できるのではないか」と述べた。

「共通性を見出す」という観点からドラニ氏は、長年続く日本とアフガニスタンの関係を例に挙げた。ドラニ氏は、内戦とタリバンから逃れるためにアフガニスタンを離れ難民となり、パキスタンの難民キャンプで育った。セッションの冒頭ではアフガニスタンにおける平和について、「暴力がない状態だけではなく、水や教育、尊厳、そして未来があるということを意味する」と語った。
ドラニ氏は「日本はアフガニスタンをサポートする相手ではなく、再発展を共に進めるパートナーとして見ている。日本からの支援は90年代以降から人道支援や、農業、資源など、多くの分野にわたる。大切なのは他国を助けるだけではなく、その国の人の話をよく聞いて、すべての国を対等なパートナーとして扱うこと。日本はその好例」と考えを示した。大井氏もこれに同意し、「JICAも各国とパートナーとして協力している。その国における問題について一番よく知っているのは国民。何を実現したいのかは、その国の人々から発せられなければいけない」と付け加えた。
人権と多様性をアートから考える
日比野氏は東京藝術大学に在学中から作家活動を始め、社会メディアとアート活動を融合する表現領域の拡大で注目を集めてきた。現在は母校である東京藝術大学の学長を務めながら「アートは生きる力」をテーマに研究、実践を続けている。冒頭では自身が考える平和と人権について、100人が同じりんごを描くと100通りの絵ができあがると例を挙げた。「一人ひとりの特性を認め合うことができるのがアートの特性であり、この特性が平和と人権を考えたときの社会基盤を築いていく可能性がある」とヒントを提示した。

蟹江氏が「人間は性善説に則って共通項を見出したり、人に親切にしたりするという意見がタレクさんなどからあった。人間の特徴をどう捉えるか」と問いかけると、日比野氏はアートを例に、時代とともに変化する人間の価値観を説明した。
「現在の私たち80億人は、過去100年の歴史や価値観を背負って生きている。AIの登場などにより価値観は今後さらに変化していくなかで、平和の描き方も変えていかなくてはならない。たとえば60色の絵の具があっても、1回もチューブを空けていない色がある一方、使い慣れた色はどんどん減っていく。使ったことがない色を試すと、しまった、と思う時もあるが、これまで描いたことがない絵が生まれることもある。慣れた方法を変えるのは勇気が要るが、新しい自分を発見しようと挑戦しなければ、世の中全体も変わっていかない。新しい価値を生み出すことが重要だ」と述べた。
蟹江氏も、「世の中のパワーバランスにとらわれるのではなく、常に異なる要素を取り込んでいくことが必要。新しい色が加わったときにどう受け入れるか、その寛容さが多様性につながる」と応じた。
アフガンの女子教育に学ぶ若者の役割
ディスカッションの最後に会場からは、平和構築に若者や日本の企業はどのように参加できるかという質問が寄せられた。ドラニ氏は若者の役割について、自身が設立した「LEARN Afghan」の活動を例に答えた。タリバン政権下で女子の6年生以降の教育が禁止され、女性の就労も制限されているなかで、少女たちがタリバンの目を逃れて質の高い教育を受けられる「秘密の学校」を運営している。

「父親に2,000ドルを借りてLEARNを立ち上げた。リスクも大きかったが、教育へのアクセスを保障することはすべての子どもにとって不可欠だという信念があった。1つの学校と、5台のタブレットだけで始めたが、現在はラジオを通じて600万人が勉強している。対面での教育も、7年生から12年生までの1,400人ほどの女子を対象に、14の地区で支援している。若者が信頼を得るのは容易ではないが、教育の権利を地域の価値として再建する必要があると訴え、理解を得ることができた。尊敬を基盤にした価値を築くことが重要だ」と語った。
続いて大井氏は、日本企業が平和構築にどう関与できるかについて、「経済活動が社会をより平和に導く」と強調した。「経済的活動は雇用と所得を生み出す。アフリカ西部では若者が仕事を得られず、他に生計を立てる術もなく過激派組織に加わることで暴力が広がり、地域の不安定化が進んでいる。民間企業が雇用を創出し、所得を生み出すことは極めて大切だ」と述べた。
蟹江氏は最後に「異なる価値観を持つ人々が多様なアイデアを共有できた意義ある対話だった。これからも、さまざまな絵の具を試してみましょう」と議論を締めくくった。
セッションの様子は、テーマウィーク公式ウェブサイトでアーカイブ配信を予定している。