ローマ帝国の興亡に学ぶ 再創造を導く経営(後編)【BCGクラシックス・シリーズ】

ローマ帝国繁栄の後に訪れた衰退。その背景には制度の形骸化やリーダーの感度低下といった要因があり、現代の成熟した組織が直面する共通の課題と通じる。
ローマ帝国をめぐる歴史を手がかりに現代の経営に通じる示唆を取り上げた2003年発表のBCGの論考を紹介。後編では、ローマ帝国が弱体化した理由とそこから企業が学ぶべき視点を解説する。(ローマ帝国繫栄の要因を紹介した前編はこちら)
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衰退への危険信号
では、次に衰退の歴史を見てみよう。ローマ帝国衰退には、当然一つではなく、さまざまな原因がある。ただその全てに共通しているのは、皇帝が帝国の拡大と繁栄を支えてきたものから乖離してしまったことである。そして私たちから見ると、衰退の第一の原因は、皇帝が真実から遮断されてしまったことだ。
政府機能はほぼ完全に官僚の手に握られた。帝国滅亡までの最後の2世紀間、権力は金で売買され、裁判や地位も金で左右された。もともと1万人だった官僚の数は3万人に膨れ上がり、軍隊の規律はゆるんだ。
皇帝も、帝国のたがが緩んでいないか確認しようとはしなかった。軍隊でローマ人が占める割合が96%から3%に落ちる事態に至って、技術力の優位性も薄れた。市民はもはや兵役を義務とは考えず、権力は地方に移った。生産性の下落は富の雲散を招き、内乱の扉を開けた。権力欲の虜になり果てた皇帝は、「第一の市民」という立場を忘れ、ローブをまとい、自分を神に似た遠い存在にした。
ローマ帝国衰退の歴史に現れた危険信号のなかで、現代の経営にも通じると思われる点を以下に挙げてみる。
・不安定性: ローマ帝国は政治的策謀に苦しめられ、自身の成長に注力することができなくなった。
・優位性の脆弱化: 軍隊は地域単位の市民軍に過ぎない存在になり、ローマの技術力や規模の効果を活かすことができなくなった。
・戦略備蓄の欠如:ローマ帝国は、収穫を毎年すべて消費し、貯蔵する仕組みをつくらなかった。また辺境の守りは堡塁だけで、それ以外の備えを築かなかった。
・堕落:兵士、将校、役人が司令部の命令を忠実に実行せず、効果を削いだ。
・帝位継承の形骸化:能力を無視した世襲になった。
・成功を測る公正な基準の欠如:ローマ帝国は、バランスよく生産性向上の伴った成長を維持する努力を怠った。国難を示す兆候があってもそれを知る基準もなかった。さらに、すすんで通貨の質を落としてしまった。

18世紀の政治史研究家エドワード・ギボンは、彼の著作『ローマ帝国衰亡史』のなかで、紀元410年頃の帝国の衰退ぶりを見事に表現している。
「深夜、サラリア街道の門が静かに開かれ、ゴート軍のラッパの音が百雷のごとく鳴りわたった時、住民たちの眠りは破られた。建都から1163年、およそ人間が住む地域のほとんどを征服し、文明を与えてきたローマ―皇帝の街―は、無軌道に荒れ狂うゲルマン族、スキタイ族にその身を委ねようとしていた。」
この後西ローマ帝国は衰退の一途をたどり、紀元476年に滅亡した(図4参照)。

挑戦を継続する勇気
ローマ帝国の創造、そして衰退。それぞれをもたらしたものから、現代の企業リーダーが学べることは数多い。この教訓を最大限に生かすには、次のような視点で自社の状況を診断し、これからの成長の道筋を考えてみることが有効だ。
1. ローマ帝国の成功要因のなかで、あなたの会社にも共通するものは何か。
2. 一方、衰退の兆しは現れていないか、その原因として考えられることは何か。
3. 新たな優位性の源泉を何にするか。顧客の立場から見た革新的事業機会はないか。
4. それらに基づいて、衰退を食い止め再創造を果たすためのプランと、社内コミュニケーションの具体策は。

成功をおさめている企業は、一つの成功に甘んじることなく、勇気をもって挑戦を継続している。ここ10年間に、イノベーションと先行投資を実行し、先取した優位性をさらに向上させ、後継者と継承時期を正しく選ぶことにより、企業価値を大きく向上させた企業も多い。アメリカの消費財・小売業界を見ても、ウォルマートは2,000億ドル近い株主価値を生み出し、ホーム・デポは1,000億ドル以上の資産を築いた。ペプシコは飲料とスナック菓子事業に資源を集中投入して、ボトリング事業とレストラン事業を分離することで400億ドル以上の資産を生み出した。デイトンハドソン百貨店は業界首位の地位をかなぐり捨て、さらに名前もターゲットと改め、高所得者層向けディスカウントストアに転身し、業界最大手におさまった。
ビジネスの世界で成功を妨げる障害を乗り越えるには、常識に挑戦しなければならない。それにはまず、顧客の夢や願望、競合他社の脅威、自社がとりうる選択肢等について、新たな事実を正確に把握し、真実と向かい合う必要がある。そして、鋭い洞察力をもって、適正な方策を考え出し、組織を動員するために行動することが求められる。最も大切なのは、成功の頂点に立った瞬間に、リーダー自身が新たな挑戦をする勇気を持つことである。
原題:Wanted: Leaders and Diagnosticians