企業は不祥事にどう対応すべきか 数値化してわかった信頼再構築への道

ビジネスにおいて、信頼は何にも代えがたいものだ。しかし一方で、企業がステークホルダーからの信頼を保ち続けるのは今までになく困難になってきている。
そこで、BCGヘンダーソン研究所(BHI)はステークホルダーから企業に対する信頼を「信頼スコア」として数値化した。企業に関するニュースやソーシャルメディア上での投稿などを自然言語処理(NLP)やAIを使ってリアルタイムに分析。使われているキーワードを「透明性」「公平さ」「回復力」「実行力」という側面で評価し、統計上の処理を行って算出する。
信頼スコアは、1.0から-1.0の間で、その企業がどれだけ信頼されているかを示す。信頼スコアが-1.0~0の場合は、信頼の観点上ネガティブな言及がポジティブな言及を上回っている状態で、その企業に対するステークホルダーからの不信感が強いといえる。0~1.0の場合はその逆だ。
この信頼スコアを追跡することで、例えば企業M&A発表前後の数値の比較から「M&Aの発表を境に、信頼スコアが0.25ポイント上がった」などの分析が可能だ。さらに、各側面の評価を見て「企業の実行力に対する注目・評価が高まっている」といったこともわかる(詳細:「What AI Reveals About Trust in the World’s Largest Companies」)。
BCGは今回、このスコアを利用し、世界の大手上場企業177社の信頼について調査を行った。まず2019年第4四半期から2022年第3四半期までの3年間に信頼スコアがどう動いたか調査・分析。さらに信頼スコアの大幅低下時、つまり信頼を失うような事件が起きたときに、各社がどう対処したか検証した。
そもそも企業の信頼が失われる理由は何で、信頼を取り戻すための体系的な道筋はあるのか。そして、経営リーダーはどうしたらそれを回避できるか、調査結果から解説する。
企業が信頼を失う6つの要因
企業が信頼を失った要因として特に多いものは、大きく分けて以下の6つだった。
1.外部の政治環境の変化
企業の価値提案を実現する能力に影響を与える政策、規制、または政治指導者の行動。
例)国営企業のCEO解任、製品の禁止、国際的な貿易制裁 など
2.一般市民の活動や外部からの反響
一般市民による抗議活動、ソーシャルメディアでの反響、またはボイコットのような行動。これらの行動は、企業の活動とは直接的には関係ない場合もある。
例)有名人や団体が特定の意図を持って投稿したSNSのポストが突然株価の急落を引き起こす、著名な従業員が活動家グループに関連付けられ、企業にとって不名誉な状況が生じる など
3.企業レベルの不祥事
企業内部で引き起こされたネガティブな出来事。
例)社会的責任の怠慢、不正行為、贈賄、訴訟、企業独自のポリシーの違反、不評な事業決定 など
4.製品・サービスの提供能力の欠如
製品の不具合や顧客への意図しない悪影響、予期せぬセキュリティ上の脅威など、製品やサービスに関連した、企業の価値の実現能力を損なう問題。
例)安全性・品質が低い製品の発売、個人情報の漏洩、顧客が予期していない追加料金の課金 など
5.大規模事故
環境への大きな損害を引き起こしたり、労働者の安全を脅かしたりする事故。
例)ダムの崩壊、工場での有害物質の漏出 など
6.経営幹部の不祥事
経営幹部個人の判断ミスに関連する不正行為。必ずしも企業運営そのものに関連するとは限らない。
例)CEOによる不適切な発言やセクハラの申し立て など
これらの要素のうち、1と2は企業の制御が及ばないもので、これらが要因で信頼を失った事例数は21%に過ぎない。それ以外の3~6は、自社内部に起因するものであり、要因の約8割を占めている。

図表1からわかるように「企業レベルの不祥事」が要因の事例は、信頼失墜の事例で最多となっている。この要因の場合、信頼スコアの下がり幅は平均で0.48ポイントとなった。さらに、その後信頼スコアを元に戻せた割合もわずか12%と低い。特に、不正行為、贈賄、社会的責任の怠慢、ポリシーの違反、法的問題への関与といったケースでは、問題解決には継続的な取り組みが必要な場合もある。
さらに最も信頼スコアの下がり幅が大きく、回復できた企業の割合も最低となったのは「製品・サービスの提供能力の欠如」となった。この要因で信頼を失墜した企業グループでは、調査期間3年の間に元の信頼レベルを回復した例はない。むしろ、能力のない企業として認識されるようになってしまった。
一方、信頼スコアの下がり幅が最も小さかった(0.29ポイント)のは、「経営幹部の不祥事」によるものであった。このケースでは信頼を取り戻せた企業も多く、影響を受けた企業の半数が、3年以内に信頼スコアを回復させた。経営幹部の不祥事では、通常、批判は企業ではなく、関与した特定の人物に集中する。そのため、企業には状況をコントロールする方法がいくつかあり、例えば信頼失墜の原因となった人物と距離を取ることで対処が可能だ。
また「大規模事故」は信頼を取り戻せた企業の割合が2番目に高く、調査期間中に43%の企業が信頼スコアを回復させた。事故リスクの高い工業製品やエネルギー分野の企業が、これらの事例の86%を占めている。信頼を回復しやすい理由は、その後の対応に目に見えるものが多いためと考えられる。例えば、安全対策の改善、生態系の修復、補償金の支払い、事故の再発を防ぐための追加安全策の導入といったものだ。
前述のとおり、外部要因によって信頼を失うことは比較的まれで、その影響の大きさはさまざまだ。「外部の政治環境の変化」に起因して信頼を失ってしまった場合、信頼を回復できた割合は低めで、元のレベルにまで信頼スコアを戻したのは、この要因に影響を受けた企業の33%のみとなった。一方で「一般市民の活動や外部からの反響」による信頼失墜は特に回復が難しく、調査対象となった3年間の期間では、完全な信頼スコアの回復を遂げたケースはなかった。
信頼を取り戻すカギは「回復力」と「実行力」
それでは、実際に信頼を失う出来事が起きてしまった場合、どうしたら信頼を取り戻せるのだろうか。調査結果を分析したところ、割合は少ないものの、調査期間中に信頼スコアを大きく回復させた企業があることがわかった。中には、3年の間に、-0.4未満だった信頼スコアを0.4~0.8まで上げた企業や、-0.4~0の信頼スコアを0.8超まで伸ばした企業もある(図表2)。

このような、信頼スコアを大きく回復させた企業の対応を分析した結果、信頼失墜後はまず「回復力」を示し、次に「実行力」を示すのが重要だとわかった。
まず、企業の信頼が失われる事態が起きると、ステークホルダーの目線が変化する。事態発生以前は企業の収益性や価値提案の実現に注目していたステークホルダーも、事態以降は、企業が直面している課題にどのように対処しているか、すなわち「回復力」に注目するようになる。
回復力を示すには、顧客からの反発、新たな規制、さらに場合によっては刑事告発などへの素早い対応が重要になる。また、必然的に広報キャンペーンが求められるだろう。これには環境・社会・ガバナンス(ESG)に関連する取り組みなども含まれる。規則や規制の遵守が、より重要な関心事となるのだ。
しかし、単に問題を解決するだけでは信頼を完全に取り戻すことはできない。信頼スコアを大きく回復させた企業は、自社の実行力、特にコアビジネスでの価値提案を実現し、ステークホルダーの要求や期待に応える能力を示すことを通して注目を集めていることがわかった。具体的には、堅実な業績成長、高評価な製品の提供、新しいパートナーシップの構築、優れた人材の採用力向上といったものだ。
信頼を失ってしまう前にできる予防策
ここまで見てきた通り、信頼を失ってしまった場合、回復には短期的な対処のみでなく、中長期的な施策が欠かせない。回復には想像以上の時間を要することが多く、その間に受ける財務的な影響も無視できないだろう。では、実際に信頼を失墜させてしまう前に体系的な戦略を立て、実行することは可能だろうか。
具体的な道筋は、信頼に影響を与えうる要因や、会社の置かれた状況に依存するが、すべての企業が取ることのできる共通の行動は以下の通りいくつかある。
- 信頼レベルを積極的に測定する
- 信頼危機の外部要因を特定し、予防策を計画しておく
- 潜在的な信頼棄損の内部要因を特定し、表面化する前に対処する
- 信頼の管理専門のクロスファンクショナルチームを立ち上げ、プロセスを確立しておく
- 予期せぬ事態を考慮し、さまざまな状況に対する包括的な危機管理計画を策定する
- ステークホルダーとの約束を常に守れるよう、監視・保証する取り組みを継続的に行う
信頼は一度失われても回復可能であること、そして、その方法を知っておくことは必要だ。しかし何よりも、誠実な企業文化を確立し、常に経営課題として取り組んでおく価値は大きい。ステークホルダーが企業を信頼していれば、企業への協力も期待できる。自社の分野で最も信頼される企業になって信頼の優位性を築くことは、自社の成長と競争優位性につながる、前向きな道なのだ。
調査レポート:From Crisis to Comeback: The Long Road to Rebuilding Corporate Trust (2024年11月)