日本は「バランス型挑戦者」タイプ――AI成熟度 国・地域別調査
世界中でAI関連支出の急速な増加が見込まれている。幅広い業界で導入が進むことで、各国の経済発展にはどのような影響があるのだろうか。BCGは世界73の国・地域を対象に独自の指標を用い、AIによる影響の大きさと、それに対し必要な準備ができているかという2つの観点から「AI成熟度」を評価した。日本はAIの影響を受けやすい産業構造だが対応力も高い「バランス型挑戦者タイプ」だった。
情報通信、ハイテク製品、金融サービスはAIの影響大
まず、「AIによる影響の大きさ」の観点では、雇用の置き換えや生産性向上などAIが引き起こす変化によって、その国・地域の産業がどれだけ影響を受けやすいかを評価した。
調査によると、AIによる変化の影響を特に受けやすい産業は「情報通信」「ハイテク製品」「小売・卸売業」「金融サービス」「公共サービス」「自動車製造」の6つ。これらの産業がGDP(国内総生産)に占める割合の高い国・地域は、AIが引き起こすディスラプション(破壊的変革)の影響を受けやすいと考えられる。ルクセンブルク(金融サービスがGDPの約30%)、香港(金融サービスが22%)、シンガポール(小売・卸売業が16%、金融サービスが14%)がこれに当たる。
一方、AIによる変化の影響を受けにくい産業、具体的には「建設業」「農業」「家具製造業」などが多い国・地域は、ディスラプションの影響が比較的小さいと考えられる。インドネシア(農業が13%、建設業が11%)、インド(農業が17%、建設業が8%)、エチオピア(農業が36%)などが該当した。
日本のGDPは、AIの影響を特に受けやすい情報通信・ハイテク製品が合計7%、さらに小売・卸売業(13%)、公共サービス(17%)、ビジネスサービス(20%)といった産業で構成されており、AIによる影響の大きさは中~大程度と評価された。
AI人材が豊富な米国、R&Dで先行する中国
AI活用に伴うリスクに対処しながら経済成長を促進する準備が整っているかという「AI対応力」の観点では、BCGのASPIREフレームワークを構成する6要素に基づいて評価した。6要素とは、「目標設定(Ambition)」「スキル(Skills)」「政策と規制(Policy and regulation)」「投資(Investment)」「研究とイノベーション(Research and innovation)」「エコシステム(Ecosystem)」である。
スキル面で見ると、米国とシンガポールが豊富なAI人材を有している。これはイノベーションの推進にも今後重要なポイントになるだろう。投資面では、成熟した投資環境を背景に、多数のAIユニコーン企業(企業価値10億ドル以上、設立から10年以内の未上場企業)を擁する米国がリードしている。R&D(研究開発)では中国が、特許数、AI関連の学術論文数で先行している。
日本はスキル、政策と規制の2項目で高く評価された。特に、政府の実行力が表れる後者のスコアは、東アジア諸国の中で最も高くなっている。
日本はAIの影響が大きいが対応力も高い「バランス型挑戦者」
AIによる影響の大きさと対応力という2つの指標を総合的に分析することで、73の国・地域を6つのタイプに分類した(図表)。
AIパイオニア
AI導入の先駆者であり、盤石なインフラを築いて多様な産業でAIを活用している。R&Dや雇用に惜しみなく投資し、教育システムの下で高度なスキルを持つ人材が豊富に育っている。このタイプに該当する国・地域は、世界に向けてより多くのAI技術、サービス、スキル、投資を提供していき、今後数年でAIがGDPに寄与する割合がさらに大きくなると見込まれる。米国、中国、英国、シンガポール、カナダの5カ国が該当。
バランス型挑戦者
AIの影響を受けやすい産業の割合が高いものの、対応力の高さによってバランスを保っている。日本はこのタイプに該当する。主に欧州の高所得国で構成されており、そのひとつであるドイツは、大規模な情報通信技術(ICT)産業や先端製造業の割合が高いため影響を受けやすい。欧州以外ではマレーシアが注目を集めており、国家AIロードマップ、テックハブ、大学での人材育成を通じて、政府がAIに非常に注力している。
成長型挑戦者
工業・資源依存型の産業構造のため、AIの影響を受けにくい国・地域が多く含まれる。それが「バランス型挑戦者」との主な相違点だが、このタイプに該当する国・地域の政府も「バランス型挑戦者」と同じくらい、AI導入に積極的に取り組んでいる。インド、サウジアラビア、インドネシアなど。
段階的実践者
AIを緩やかなペースで導入している中所得国が含まれる。観光、繊維、木材加工、農業といった非ハイテク産業を中心に構成されており、現時点ではAI導入が企業にとって必須ではない状況にある。
脆弱な実践者
AIによる変化の影響を受けやすい産業が多いうえに対応力も低い、ディスラプションに対して脆弱な国・地域。AI導入を加速させ、潜在的なリスクを軽減する必要がある。現在はAIによる影響の大きさと対応力の間にギャップがあるかもしれないが、インフラや教育への投資を通じて早期に巻き返せる可能性は十分にある。ギリシャ、クウェート、バーレーンなどが該当する。
AI新興国
AI導入の初期段階にある。AIシステムの統合や競争力の面で基本的な水準に達するために、まずは基礎となる戦略やインフラを構築する必要がある。このタイプに該当する国々には国家的なAI戦略や包括的なアプローチが欠けており、スキルを持つ人材や投資も不足している場合が多く、研究論文、特許、スタートアップ面での活動も乏しい。
調査をまとめたレポート「The AI Maturity Matrix: Which Economies Are Ready for AI?」の共著者であり、BCGパブリックセクターグループのアジア・パシフィックリーダー兼日本リーダーを務める丹羽 恵久は次のようにコメントしている。「政策立案者はAIが中核となる社会に備え、レジリエンス(適応力)や生産性の向上、雇用創出、産業の高度化、競争力の強化を実現するために、果断な行動をとる必要がある。特に日本においては、AIの社会実装の促進と人材育成が喫緊の課題になると考えられる。今回の調査は、急速に変化するAIの動向に対応する実践的なフレームワークを提供している。AIが持つ変革の力を、各国の経済の持続的な成長や、社会のウェルビーイング向上に活用する一助としてほしい」
調査レポート:The AI Maturity Matrix: Which Economies Are Ready for AI?(2024年11月)