マーケティングにもGXの視点を 環境価値で買ってもらえる企業を目指す

グリーンな製品やサービスを「作れる」企業から「買ってもらえる」企業へ――。
数年前には聞き慣れなかった「GX」という言葉が、経営者の間で頻繁に話題に上るようになった。同時に、脱炭素を目指す研究開発投資や設備投資には、政府資金を含めたマネーが流れ込んでいる。グリーンなエネルギーや製品、サービスを 「作れる」 企業の数は、業界を問わず増えつつあると言える。しかし、これらのグリーンな商材を 「作れる」 ことが、すなわち 「買ってもらえる」こととは限らない。その谷を埋めるには、新たなマーケティングが必要だ。言わば、企業マーケティングそのものにも、GXが求められているのである。そこで肝になるが「環境価値マーケティング」だ。

環境価値マーケティングとは?

環境価値マーケティングとは、環境サステナビリティの観点から企業が自社の商材(エネルギー、製品、サービスなど)が持つ価値を可視化し、それを顧客の購入動機(KBF)まで高めるためのマーケティング戦略である。環境価値マーケティングには3つのポイントがある。1つ目は、何を「価値」と捉えるかである。自明のことのように思われるが、一度立ち止まって考えなければならない大切なポイントだ。2つ目はどう「価値」を伝えるか。3つ目はいかに「価値」を膨らませるかである。

環境価値マーケティングの3つのポイント

ポイント① 何を価値と捉えるのか

脱炭素の文脈で、環境価値を端的に示す代表的な指標として、カーボンフットプリント(CFP)がある。CFPとは、原材料の調達から生産、さらには流通、消費、廃棄・リサイクルに至るまで、製品・サービスのライフサイクル全体を捉え、その過程で排出される温室効果ガスをCO2相当量に換算したものだ。CFP算定を行う企業は年々増えている。BCGは環境省や農林水産省の事業を通じて企業の算定を支援しており、そこでも、食品やアパレル、化粧品、イベントなど、さまざまな製品・サービスでCFP算定が進みつつある。

日本企業のCFP算定事例

ただし、CFPを一旦算定できても、その数値が環境価値の全てではない。例えば、原材料の調達から生産段階まで (「Cradle to Gate」)のCFPが比較的高くても、ユーザーが使用する際の排出は格段に低いという製品はある。また、現時点のCFPが高くても、過去数年の削減率を見れば優秀な製品である可能性もある。こうした場合には、CFPを土台にしつつ、別の角度から環境価値を評価する 「削減貢献量」 や 「削減実績量」 といった指標を、自社製品の環境価値として採用することも考えられる。環境価値を考える大前提としてCFP算定は必須だが、何を“価値”と捉えるのか、という問いに対して、それだけを答えとする必要はない。顧客の要望や公的な規制も踏まえつつ、自社製品の魅力を最大限に訴えられる指標を“価値”として競争の軸に据える、戦略的な判断が取り組みの出発点になるだろう。

カーボンフットプリント(CFP)とは

ポイント② どう価値を伝えるか

捉えるべき価値に狙いを定めたら、まず必要となるのは、その指標の算定だ。未経験であれば、まずは、ISO規格[注1] やGHGプロトコル[注2] といった最低限のルールを満たし、既存のデータベース(2次データ)を使って、自社でCFP算定を進めることが最初のステップとなる。ただし、他社製品との比較や自社の削減努力の反映といった深い環境価値の訴求を意識するのであれば、より精緻なCFP算定が求められる。下記図では縦軸にCFPの客観性、横軸にその正確性を示している。縦軸の客観性の観点で、他社製品との比較に踏み出すためには、自社の業界で共通した算定ルールを設定していく必要がある。一方、横軸の正確性の観点では、自社の排出削減努力による原単位の改善を算定に反映していくため、既存のデータベースの数値(2次データ)を使うのではなく、実際の数値を計測する段階へ正確性を高めることが求められる。環境価値マーケティングを高度化していく上では、この両軸を高め、右上に座標を近づけていくことが重要だ。

客観性と正確性に応じたCFP算定のあり方(CFPガイドラインより)

また数値を算定するだけでなく、その数値をどのように訴求するか、コミュニケーションデザインを検討することも忘れてはならない。例えば、アパレルを取り扱うアディダスやオールバーズでは、CFP算定結果を製品の目立つところに、製品デザインの一部のように違和感なく表示している。欧州ではCFPなどの環境指標を評価する「環境ラベル」を製品に表示し、その製品がどれだけ環境に影響を与えるかをA+~Gまでランク付けしている。同じCFP算定結果の数値でも、そもそも目に入るか、その意味が分かりやすく伝わるかと言った結果が変わってくるだろう。

環境価値の訴求事例

またCFPだけでなく、「削減貢献量」や「削減実績量」のコミュニケーションも、顧客にいかに届けるかが重要になる。自社製品の排出削減率を「当社比xx%削減」と訴えたり、CFPの優位性を「業界平均をxx%下回る」といった表現で訴求したりするアプローチが、今後拡大していくだろう。

ポイント③ いかに価値を膨らませるか

価値を定め、算定し、伝え方を工夫するという、ここまでのアプローチは、ある意味、製品の性能データや健康価値を訴求する従来のマーケティングと大きく変わらない。環境価値マーケティングの難しさは、この先に、顧客の意識を変え、「環境価値を評価する」 というマインドを育てていく仕掛けが必要になる点だ。図表はBCGが実施したグローバル調査の結果だ。消費者に「日々の商品選択でサステナビリティを考慮しているか」という質問をぶつけると、日本では、約5割の消費者がサステナビリティを考慮していると回答した。B to Cの市場であれば、この約5割というセグメントに対し、単に「考慮」するだけでなく、環境価値を、購入を左右する動機(KBF)まで高めてもらうことが鍵となる。これがポイントの3つ目である。

世界各国の消費者のサステナビリティ感度

B to Bの市場で戦う企業にとって、自社製品の環境価値を訴えて購買につなげるためには、顧客企業に対して働きかけ、調達基準にCFPや削減実績量、削減貢献量を組み込んでもらうアプローチが必要だ。一方B to Cの市場では、環境価値を重視した消費者の行動を、ポイント制度など直接的なインセンティブに転換するような工夫が必要になる。これらの取り組みは個社で対応しきれるものではない。業界全体や、業界を超えた官民連携体制で取り組まなければ、前に進めることはできない。このように、自社を差別化する「競争」の視点と、業界全体で連携して取り組んでいく「協調」のバランスを追究することが環境価値マーケティングにおいて最も重要なことだ。

環境価値マーケティングを成功させるために

環境価値マーケティングを成功させるために必要な3つのポイントを解説した。第一に、何を価値と捉えるか。第二に、その価値をどのように効果的に伝えるか。そして第三に、いかにして価値を発展させ、拡大していくか。この3点を踏まえ、自社の取り組みを振り返り、持続可能なビジネスモデル構築を目指してほしい。

BCGの考える「環境価値マーケティング」戦略の要素
  1. CFPに関連するISO規格として代表的なものはISO 14067で、CFPを定量化するための要求事項とガイドラインを定義しています。
  2. 温室効果ガス(GHG)の排出量を測定・管理するための世界的な基準で、World Resources Institute(WRI)と、経済団体であるWorld Business Council for Sustainable Development(WBCSD)によって共同で作成されました。