九州はアジアの玄関としてさらに発展 半導体が起爆剤――福岡オフィス責任者に聞く
福岡市は東京、上海、ソウルのいずれの都市ともほぼ同距離に位置する“アジアの玄関口”だ。県の実質GDP(県内総生産)は約19兆円にのぼり、全国9位の経済規模を誇る。ボストン コンサルティング グループ(BCG)福岡オフィスを率いる生粋の福岡人・井上 潤吾が見る、福岡・九州エリアのビジネスの動向は。
土地の魅力は十分
――福岡・九州エリアのビジネスの強みは
まず、福岡エリアの経済の強みは「安定性」。500万の人口を抱え、アジア圏域からのアクセスの良さからインバウンドも堅調で、訪日客が“お金を落とす”一定の流れがすでに築かれている。これほど地政学的に恵まれた地域はなかなかない。
住環境の面でみても、海あり山あり、空港から博多駅へのアクセスもよく、新鮮でおいしい食べ物が豊富に手に入る。「福岡三大祭」をはじめ、街には活気あふれる文化が息づいている。一言でいえば「QOL(Quality of Life:生活の質)が高い」。福岡市が昨年実施した調査でも、「福岡市は住みやすい」と回答した住民の割合が98.2%と満足度の高さがうかがえる。
ここ数年は糸島市が「移住したい街」としてブランド力を高めており、アーティストやデザイナーなどクリエイティブな人材を惹きつけるポテンシャルも大いにある。
「安定性」が強みの一方、「成長性」には課題
――では翻って、福岡・九州エリアの課題は
福岡市は人口増加率が政令指定都市中1位で、九州一の商都として発展している。しかし、「成長性」には課題がある。地元の財界人や経営者が口をそろえるのは「こと福岡市には、主幹産業がない」。北九州市には安川電機やTOTOなどグローバルで戦う世界的メーカーが複数存在し、隣の熊本県は半導体ビジネスで目覚ましい発展を遂げようとしている。しかし福岡市はというと、地場に根差した企業が多いだけに、世界に打って出られる産業が生まれにくく、経済が抜本的には大きくならない。この地域が抱える長年の悩みだと感じる。
これは、「人材不足」という課題ともつながる。九州はアジア諸国からの留学生が多く、九州大学はもちろん、大分県別府市の立命館アジア太平洋大学(APU)など国際色豊かな教育機関を擁している。語学に長け、高いスキルをもつ若者が集まるにもかかわらず、そうした人材の受け皿となりうるグローバルな大企業が不足している。これは非常にもったいないことだ。
これに対し福岡市も、国家戦略特区として国内初の「スタートアップビザ」制度を立ち上げるなど、世界から起業家が集まりビジネスをしやすい環境を整えることに注力している。温暖な気候や街の住みやすさ、若い世代の起業率の高さから「日本のシアトル」を目指してきた。しかし、ここには「マイクロソフト」(に匹敵する企業)が欠けている。主幹産業がない、世界に通ずる代表的な企業がないというのは、優秀な人材の働き口がなく、首都圏に流出してしまう問題と結びついている。BCGとしても多様な人材を集めながら、グローバルコンサルティングファームの知見を活かし「福岡のグローバル化」に貢献したいと考えている。
――熊本県は半導体関連企業の集積が活発化している。どのような将来像が描けるか
半導体世界最大手の台湾企業TSMCの工場建設で、熊本県の経済は勢いづいている。九州一帯に経済効果を波及させる大きな起爆剤になると期待している。福岡エリアを含めた大規模な産業クラスターを形成するためには、インフラの整備や規制緩和など、行政の力が不可欠だ。官民の連携が、これからますます重要になる。
産業のコメである半導体サプライチェーンの要所として、世界中から注目が集まっている。この地域に吹く追い風をつかむうえで、世界各地にネットワークを持ち、グローバルビジネスの動向に明るいBCGが力になれることは少なくないだろう。
デジタル、脱炭素、コスト削減の支援ニーズが高い
――福岡オフィス開設から2年半が経つ。どのようなプロジェクトを手掛けてきたか
まずは、デジタル領域。事業戦略にデジタルの側面から付加価値をもたせたり、消費財メーカーのデジタルマーケティングを支援したりと、BCG X(BCGのデジタル専門組織)と連携して取り組むものが多い。それから、脱炭素サービスの導入支援や再生可能エネルギーに関連したプロジェクトなど、気候変動・サステナビリティ領域でも引き合いがある。
もうひとつ声がかかるテーマとして、コスト削減がある。昨今の物価高騰に悩まされている企業はやはり多く、小売企業を対象に原価低減の計画策定をサポートするなど、支援のニーズは根強い。
――経営課題の特徴や、難しさなどはあるか
九州エリアに限らない話かもしれないが、地方でビジネスを展開する企業はとりわけ“実利”をシビアに追求する傾向がある。コスト削減、収益向上といった具体的な利益が伴う経営テーマへの関心が高い。ビジネスの規模を考えれば、まずは足元のキャッシュを厳しく見定める必要があるのは至極当然のことだ。
そこに対し、BCGができることをあえて申し上げるならば「インパクト(実利)を出し、さらにそれを持続的に実現していくために何をしたらよいのか」という中長期の視点で課題やチャンスの芽を見つけ、成長戦略を提案できるということだろう。プロジェクトによっては戦略の立案にとどまらず、実行して結果を出すところまで伴走する。
経営戦略やその根幹となるパーパス(存在意義)はやや観念論と思われがちだが、最近では地元のクライアントからも「これはBCGにしか相談できない」「BCGは一緒に結果を出してくれるパートナーだ」とありがたい言葉をいただく。多くの経営者と対話を重ねるなかで、BCGの強みが徐々に理解されてきている実感はある。
経営を通じて、福岡・九州エリアの豊かさに貢献したい
――福岡オフィスの特色は
福岡オフィスのメンバーは九州出身であったり、土地に魅せられて移住したりと理由はさまざまだが、皆がこの地域に愛着をもって働いている。BCGには「プラクティスエリア(PA)」という業界・経営機能別のグループがあり、特定のPAに所属して専門性を磨いていく。福岡オフィスでの働き方は、いうなれば「九州PA」。九州というエリアのなかで、業界もテーマもさまざまなプロジェクトに携われる。グローバルなコンサルティングファームに所属しながら、ローカルにもどっぷりと浸れるというのは、他のオフィスとは違うユニークな経験だろう。好奇心の強い人には最適な環境であり、昨今のコンサルティング業界でも希少な取り組みだ。
私は福岡オフィス開設前から、地元の経営者を対象とした産官学連携の経営塾「KAIL(九州・アジア経営塾)」で講師を長く務めてきた。また、地元企業の創業家の2、3代目を集めて事業承継の勉強会も開いている。経営を通じて、福岡・九州エリアの経済を豊かにしたい、さらに幸せに暮らせる地域にしたいという個人的な思い入れは強い。そうして培ってきた人脈や経験が、福岡オフィスのクライアントへの解像度を高めている。
――今後の発展の鍵をにぎるポイントは
このエリアでこれから特に重要になると考えているのは「ダイバーシティ(多様性)・エクイティ(公平性)&インクルージョン(包摂性)」の浸透だ。歴史的に海に開けてきたオープンマインドな土地柄ではあるものの、本当に生き方の異なる人、育った文化が異なる人と共生していけるのかというと、まだまだ難しい部分はあるだろう。
BCGの調査では、経営層の性別、年齢、出身国、キャリアパスや他業界での経験などの多様性が高い企業ほど、イノベーションによる売上を伸ばしていることがわかっている。地の利を活かして外国人材を積極的に受け入れていく、あるいは全国各地からさまざまなバックグラウンドをもつ人材を集めていくのであれば、貴重な人材がストレスなく働ける環境づくりや、いろいろな言語が飛び交う状況を受容できるようになる必要がある。その意識を育てていけば、もう一段高いレベルで“アジアの玄関口”となれるはずだ。
井上 潤吾
BCGマネージング・ディレクター&シニア・パートナー
BCGリスク・コンプライアンスグループの日本リーダー。テクノロジー&デジタルアドバンテッジグループ、およびテクノロジー・メディア・通信グループのコアメンバー。福岡オフィス管掌。
東京大学工学部卒業。同大学大学院工学系研究科修了。ペンシルバニア大学経営学修士(MBA)。日本電信電話株式会社(NTT)を経てBCGに入社。BCGアムステルダム・オフィスで勤務した経験もある。
著書に『守りつつ攻める企業―BCG流「攻守のサイクル」マネジメント』(東洋経済新報社)、共著書に『BCGが読む経営の論点2018』(日本経済新聞出版)。