経済安全保障に対応したサプライチェーンを構築する――『経営の論点2024』から

米国と中国の経済対立やウクライナ、中東における紛争などでビジネスの不確実性が高まっている。サプライチェーンはこの影響を直接受ける領域だ。グローバル競争を勝ち抜くためには、リスクの見える化とシナリオプランニングによる迅速かつ大胆な意思決定が求められる。

『BCGが読む経営の論点2024』(日本経済新聞出版)では、BCGオペレーショングループの北東アジア地区リーダーを務める内田 康介と、同グループの北川 寛樹が、海外グローバル企業の事例を紹介しながら、日本企業の課題と今採るべきサプライチェーンマネジメントの施策について解説する。

部分最適では解決しない

政治・経済が不確実な状況では、まず自社が抱えるサプライチェーンのリスクの正確な把握が先決だ。不確定な要素がさまざまあると、一つのリスクを回避するたびに別の問題が起こってくる。例えば、製造拠点を移転すると、コスト増や品質低下のリスクを招いてしまうなど常にトレードオフの法則が働いている。このことを理解しながら、最善策を模索しなければならない。

最善策を考えたとしても、部分最適な観点で行うとさらに問題を起こす可能性が出てくる。例えば、工場を移転できたとしても、販売を考えたときには、税制などの問題から価格が上昇してしまい、結果として顧客を失ってしまうことも起こりうる。つまり、グローバル化が進んだサプライチェーンにおいては、部分最適の観点でリスクを回避するという動きは許されない選択になっている。企業全体のサプライチェーンにおけるリスクの全体像を把握するところからスタートしなければならない。

「サプライヤーが中国に多いのでリスクがあると思っている。どうすればいいか?」という問いは頻繁に寄せられる。しかし、全体を分析できて初めてリスク評価が有効となる。事業全体の調達額において、どれくらいの依存度なのかは把握できても、直接の調達先(Tier1)だけでなく、その調達先の調達先(Tier2)までを考慮したうえでリスクが高いのか、汎用品なのかそれとも特殊な品目で代替できないものなのか、全体分析が必要だ。ここまで分析したうえで、リスクの有無を認識できている企業は必ずしも多くない。

サプライヤーリスクのみならず、販売先としての当該国の地政学的リスクや各国の規制リスクなども同様に見える化し、対策を打つための情報武装をしておく必要がある。例えば、ある日本企業が一定以上の世界シェアを持つ製品・産業があっても、中国が国産を優先する分野と重なる場合はリスクとなる。その場合は、中国が開示している「外商投資目録」または「科技日報」に基づき、自社の技術が中国国産化のリスクに直面しているかどうか評価する必要がある。

日本企業は事業横断の意思決定が苦手

リスクを把握して見える状態にした後にすべきことは次の2点だ。「シナリオプランニングを活用し、リスクの最大、最小インパクトを把握する」「最大インパクトにおいて企業存続を確保したうえで攻めるポイントを意思決定する」

一般的に事業部は、業界内の常識を前提とした「メインシナリオ」のみを想定しがちだ。しかし、メインシナリオのみを考慮して経営のかじ取りを行ってしまうと、想定外の事象が起こった場合の「備え」がない状態に陥ってしまう。メインシナリオに対して、変化の方向性、スピード、大きさが異なる複数の「サブシナリオ」を想定することで、経営として「想定外」を潰していくことが必要だ。

ただし、事業単位だけでは、企業全体としてのポートフォリオバランスを考慮した大胆な施策は打てない。事業単位でのリスク把握をしたうえで、攻めと守りの戦略は経営として事業横断で実行すべきだろう。

ところが日本企業はこのような事業横断の意思決定が苦手である。それは個別最適を、人による柔軟性によって実現してきた日本企業の成り立ちが本質的な事由だと考えられる。リスク事象が起こったとしても重要な経営課題として浮上する前に、各現場がうまくとりなし、一定の結果を生んできた。その個別的な成功が積み上がった結果、大きな方向性の判断ができず、グローバル競争で後れをとる現状につながっている可能性がある。

乗り越えるべき壁は多く存在するが、シナリオプランニングを活用することで、守りのシナリオと攻めのシナリオを再評価し、事業の責任者と経営側の責任者が共同で検討していくことが求められる。その検討の中で必要な機能やデータを理解し、実効性のある組織づくりに向かう。それが日本企業の超えるべき壁を打ち崩し、逆に強みである“連携するカルチャー”をさらに生かすことにつながるはずだ。

その年のビジネスを考えるうえで経営者が知っておくべきトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、時代の変化のカギを握る4つのテーマと、これからの企業に必要とされる重要な4つの経営能力を取り上げている。第4章「経済安全保障とサプライチェーン――リスクの見える化で意思決定の仕組みづくりを」では、グローバルでさまざまなリスクに直面している日本企業がサプライチェーンをどう強化するべきかを論じている(詳しくはこちら)。