ホルムズ海峡の航行再開でも影響は残る 業界別の回復シナリオ
現在、ホルムズ海峡への依存が世界的なリスクとして顕在化し、一部の業界では構造的な変化が生じつつある。仮に海峡の通航が正常化したとしても、業界によっては回復に数カ月から数年を要する可能性がある。企業は封鎖期間だけでなく、回復・復旧までの期間全体を見据えた戦略立案が求められる。
回復の3つの前提条件
海峡の通航が再開されたとしても、操業を再開し規模を拡大するまでには相当の時間を要する。各業界の回復にはインフラの修復・検査・再稼働、航行の安全確保、そして復旧資金と労働力の確保という3つの条件が前提となる。
加えて、エネルギーや金融市場を安定させることで、中東地域に対する投資家の信頼を回復することも不可欠である。外国人労働者の定着も重要な課題であり、同地域の経済に対する彼らの貢献は大きい。湾岸諸国は航行再開後を見据え、持続可能かつ回復力の高い戦略を再検討しており、国内外の利害関係者や投資家の信頼を維持するためのコミュニケーションも求められている。
また、回復の条件が揃ったとしても、業界によって回復にかかる時間や回復のプロセスは大きく異なる。
業界別の回復シナリオ
ホルムズ海峡がすべての船舶に対して完全に開かれた翌日を起点とした、楽観的な場合のシナリオを以下に挙げる。いずれも停戦または和平合意の成立、損傷したインフラの復旧への着手、世界的な経済的不確実性の緩和を前提としたシナリオだ。
- 液化天然ガス(LNG)
回復に最も時間を要する分野。インフラの大規模な修復と再稼働が必要であり、正常化まで長期間を要する見通しである。 - 石油
生産量が大きく落ち込んでいる。中東での生産量が封鎖前の水準の約90%まで回復するには、5〜8カ月を要すると推定される。 - 化学・石油化学
原料の補充と製油所の再稼働が実現すれば比較的速やかに回復する見込みだが、それでも数週間ではなく数カ月単位の時間を要する。 - アルミニウム
製錬所への被害があったことから、回復は緩慢になると見られる。稼働を停止した製錬所の完全再稼働には8〜12カ月、ミサイル攻撃を受けた施設の修復・再稼働には1年以上かかると見込まれる。 - 海運
ホルムズ海峡への信頼回復には6カ月以上を要する可能性がある。機雷の除去だけでも2カ月以上かかる見通しであり、停留船舶の解放にも6〜10週間を要するとされている。 - 航空
燃料価格の高止まりや消費意欲の低下が続くとしても、オペレーション面での回復は最も早いと見られる。
さらに、回復後の業界環境が封鎖前と同じとは限らない。エネルギーや海運といった領域では、今回の混乱によって恒久的な構造変化が起きる可能性がある。
エネルギー安全保障の重要性は、現在各国で改めて認識されている。今回の紛争は、すでに急速に進んでいた電化(化石燃料を再生可能エネルギー由来の電力に置き換える動き)をさらに促進する可能性がある。エネルギー貿易の流れとインフラの再編を通じて、強靭化が図られるだろう。
また、海上交通の要衝を通過する航路の価格設定が恒久的に見直されることも予想され、海上保険料が高止まりする可能性がある。また、一部の政府が重要な海上航路の安全確保に対してより積極的な役割を担うようになることも考えられる。ホルムズ海峡経由の貿易において、従来は緊急時の迂回路として活用されてきた代替ルートを定常的なルートへと移行するかどうかについても議論が進んでいる。

経営リーダーが取るべき行動
こうした変化を前提に、経営リーダーは今から手を打つ必要がある。封鎖期間だけでなく、修復・回復までの期間全体を見据えた対応計画を策定しなくてはならない。その期間は数カ月から場合によっては数年に及ぶ可能性がある。
■ 短期的に求められる対応
- リスクの可視化と診断
事業上のリスクが最も高い領域を特定し、財務全般への直接的・間接的な影響をマッピングする。原材料コストや借入コストの上昇から、インフレが消費者需要に与える影響まで、幅広く把握することが重要である。 - オペレーションの安定化
在庫の積み増しや重要な調達先の代替確保を進める。事業継続計画の策定においては、停戦や海峡の通航再開のタイミングではなく、ビジネスの回復のタイムラインを軸に据えることが重要である。 - シナリオ分析の実施
複数のシナリオを設定し、事業への影響の幅を把握する。不確実性の高い環境下では、シナリオは経営判断の重要なツールとなる。
■ 中長期的に求められる対応
- 業界の構造変化を見極める
従来の業界環境に戻るのか、それとも新たなノルム(標準)が生まれるのかを見極める必要がある。自社の強靭性を再検証し、脆弱な調達先の多様化・地域分散によるサプライチェーン再構築の要否を判断すべきである。 - 地政学リスク管理の組織能力を高める
次の危機が到来する前に、シナリオに基づいた行動計画を整備し、将来の混乱から生じるリスクを事前に特定・管理できる地政学的な組織能力を構築することが求められる。
ホルムズ海峡をめぐる混乱は当初の想定を超えて長期化している。その分、混乱からの回復期間も長くなる見込みだ。経営リーダーは不確実性の高い環境における地政学リスクを「背後の雑音」として扱うのではなく、戦略の中核に組み込むことが不可欠である。
原典:How Could the Strait of Hormuz Chokepoint Impact Future Business Dynamics?(2026年5月)