経営と技術をつなぐR&D戦略 JERAの脱炭素ロードマップから学ぶ

ビジネスパーソン向け映像講座を提供するBBT Ch(ビジネス・ブレークスルー チャンネル)で、BCGのマネージング・ディレクター & パートナー中村 健が講師を務める講座「イノベーションを生み出すR&D戦略」では、先進的な取り組みを進める企業の人々に話を聞いている。本連載では、その内容の一部を紹介する。(映像講座の視聴はこちらから。会員限定)

今回のゲストは、JERAのO&M・エンジニアリング戦略統括部 技術経営戦略部長の尾崎 亮一氏。JERAは、2015年に東京電力と中部電力の燃料・火力部門を統合して設立したエネルギー企業で、燃料の上流開発から輸送、貯蔵、発電、販売までバリューチェーン全体を担う。2050年に日本国内事業におけるCO2排出ネットゼロを達成するためのロードマップを描き、石炭からアンモニアへ、液化天然ガス(LNG)から水素への転換を進めるなど、脱炭素に向けて業界をリードしている。

JERAが作成した日本国内事業におけるCO2排出ネットゼロを達成するためのロードマップ。石炭からアンモニアへ、液化天然ガス(LNG)から水素への転換を進める
(出所: 株式会社JERA)

特に、石炭からアンモニアへの転換は、世界初の混焼実証や、既存発電所の設備を大きく改造せずに行う実証を通じて、早期の商用化への道筋を示している。

JERAは、技術開発の「大方針」として、①脱炭素やサーキュラーエコノミーなど社会課題の解決、②業界をリードする先駆的な脱炭素の技術開発、そして③異業種連携をかかげる。その大方針のもと、再生可能エネルギーで水を電気分解してつくる「グリーン水素」の製造や、蓄電池の再利用・リサイクルといった領域、さらにはアンモニア発電など、脱炭素に向けた取り組みを進めている。このように世界のエネルギー課題に向き合うJERAの技術開発と、その裏側にある「経営と技術をつなぐR&D戦略」について、中村とBCGでエネルギー業界を担当するマネージング・ディレクター & パートナー平 慎次とともに議論した。

JERAの技術開発の大方針を示した図表。①脱炭素やサーキュラーエコノミーなど社会課題の解決、②業界をリードする先駆的な脱炭素の技術開発、そして③異業種連携をかかげる
(出所: 株式会社JERA)

技術開発のコストインパクトを定量的に示す

尾崎:JERAは、世界中の脱炭素技術をデータベースで管理している。サプライチェーン全体における各技術の位置づけを整理し、自社にとって重要な技術を選定。そのうえで、「アベイトメントコストカーブ(コスト削減曲線)」を用いて各技術のCO2削減に対するコストインパクトを定量化し、技術開発を進めている。

:アベイトメントコストカーブは、縦軸はCO2削減にかかるコスト、横軸はどれだけCO2を削減するポテンシャルがあるのかを示す。ただ、単純に「左側にあるものはコストが低いからそこを進めたら良い」わけではない。右側にはCO2削減のコストが高く、取り組むのが難しい産業があるが、JERAのように新しい技術開発でそのコストを下げることも重要だ。個社だけでは対応できない場合、産業横断でインフラを共有するなどの戦略も考えられる。

アベイトメントコストカーブの分析イメージの図表。縦軸はCO2削減にかかるコスト、横軸はどれだけCO2を削減するポテンシャルがあるのかを示す
(出所: 株式会社JERA)

尾崎:JERAでは、このアベイトメントコストカーブを定期的に更新し、最新の技術動向やコストの変化を反映させている。技術開発は進展スピードが速いため、こうした評価に基づいて濃淡をつけて投資判断している。

自前主義を超えたエコシステムと「両利きの経営」

中村:日本企業のR&D能力向上に向けた課題の一つに、「根強い自前主義」が挙げられる。JERAはさまざまな企業とパートナーシップを組んで役割分担しながら技術開発を進めているが、他社との連携について、成功の要諦を伺いたい。

尾崎もともとの電力会社では自前主義の傾向が強かった。だが、JERAという新しい会社になり、「脱炭素を本気でやる」というメッセージを前面に出して技術開発を進める上で、最初からパートナーと一緒にやることを前提に設計するようになった。

これまでメーカーは、自社の技術を自前で開発し、製品として納入するモデルが主流だったが、大規模実証のようなフェーズでは、自社の設備だけでは難しい。そこで、メーカーとユーザーで利害を一致させながら進めていく構図ができ、いまの協業体制につながった。

:「この会社と組みたい」と相手側企業から選ばれる存在になるための秘訣は何か。

尾崎:取り組みを推進していることを戦略的に情報発信することが重要だと思う。日本国内の脱炭素ロードマップも、他社に先駆けていち早く公表し、「脱炭素に真剣に取り組んでいる」と外部に示した。また、具体的な技術開発の方針を掲げながら、国家プロジェクト(国プロ)にも参画している。

中村研究開発はどうしても「内向き」になりがちで、R&D戦略や技術開発の状況を積極的に外部に発信する企業は多くない。JERAのようにロードマップや技術戦略を開示し、担当者が自らの言葉で説明することは重要だと思う。協業先はどのような基準で選定しているのかお聞きしたい。

尾崎:まず第一に、「この技術にはどのような競争優位性が必要か」を考える。そのうえで、その技術を持っている、もしくは開発しようとしている企業にアプローチしている。一方で、技術開発は国の制度の影響も大きく受けるため、国プロにも参画することも戦略として重要だ。

「両利きの経営」は、実績の積み重ねから生まれる

:JERAは、電力の安定供給の基盤を維持しつつ、中長期の技術開発と既存事業のディスラプト(破壊)を、バランスを取りながら進めている印象だ。この「両利きの経営」を実現するにあたり、社内ではどのような考え方や議論があるのか。

尾崎我々の技術開発は、単なる研究開発ではなく「社会実装して、コストインパクトという形で優位性を発揮する」ことが重要だと考えている。技術側からも、経営に対して「この技術を導入することで、こんなメリットがある」「導入しない方がむしろリスクが高い」などと、アベイトメントコストカーブなどを用いて定量的に示すようにしている。こうしたプロセスを通じて、技術と経営の距離が縮まっているのではないかと思う。

経営と技術では視点が違う。技術側は技術の良し悪しを見る一方、経営は技術の導入による収益の改善効果などで判断する。そうした違いがあるからこそ、コストインパクトを定量的に示し、技術と経営を融合させることが重要だ。

中村:各立場で視点が違うときは、双方の視点を一つの図表で議論できるようにして、同じ土俵の上で意思決定することが有効だ。JERAの場合、それ以上に技術と経営の考え方の整合が取れている印象を受けた。

尾崎:実績を積み重ねていくことが重要だと考えている。たとえば、アンモニア転換は商用フェーズになりつつある。開発した技術を商用化・事業化する実績を積み重ねることで、会社の成功にもつながる。

中村2050年までという中長期でロードマップを描き、それを着実に実行するための技術開発戦略をチーム一丸で推進している。どの業界においても、経営と技術、研究と開発という組織の壁は共通の課題として長年指摘されてきた。その課題に対する解を感じ取ることができた。

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