金利上昇で企業は行動と組織を見直す局面に――『BCGが読む経営の論点2026』から
日本経済は長く続いた超低金利の時代から一転、金利上昇局面を迎えている。これまで金利をあまり意識せずとも資金の借り入れが可能だったが、今後、資金調達の環境が大きく変わることは間違いない。企業の経営者、CFO(最高財務責任者)や財務部門および事業部門は、この変化の時代にどのように対応すべきだろうか。
『BCGが読む経営の論点2026』(日本経済新聞出版)では、BCGの金融グループの久保 直人と渡辺 哲也が、世界貿易の行方とこの状況下で日本企業に必要な組織能力について解説している。その一部を要約して紹介する。
超低金利で生じた日本の特殊な環境
通常、低金利政策下では企業の借り入れコストが低下するため、投資や調達意欲が促進される。一方、銀行側は預金の調達に消極的になり、貸出力が弱まる。そのため、成長資金を確保したい企業は新株や債券の発行など新たな調達手段を探すことになる。
その結果、直接金融市場やプライベート・エクイティ(PE:未公開株式)市場が活性化する。また、機関投資家は利回りを確保するためにリスクの高い商品を物色するようになり、信用力が低い企業向けの貸し付けが増える。このように一般的には、企業にとって資金調達の市場が多様化していく。
北米では実際に、2000年代の低金利環境下で社債発行が増加した。また、銀行が投資案件の発掘や契約実務を担い、機関投資家やPEファンドなどが資金の出し手となる「市場型間接金融」も発達した。その際には、企業に貸し付けた負債(デット)を通じて企業の経営行動を監督・制御する「デットガバナンス」が一定機能し、企業の財務規律を健全に保つ方向に働いた。
これに対して、低金利環境下の日本はまったく異なる経緯をたどった。まず、成長機会が限定的で、低金利政策を続けても企業の投資意欲は十分に刺激されなかった。加えて、バブル崩壊時に過剰な借り入れが不良債権問題につながったとの反省から、企業の経営者には「借入=悪」という価値観が醸成され、内部留保および現預金を積み上げる傾向が強まっていた。

一方、銀行は余剰資金を国債の購入や日本銀行の当座預金に置くだけでは十分な金利収益が得られないため、それまで以上に積極的に貸出先を探すようになった。こうして信用力が高い企業から低い企業まで、安価かつ容易に銀行から資金を調達できる環境となった。
企業にとって、銀行は財務や経営状況に厳しく目を光らせる「手ごわい存在」から「積極的に融資を提案してくる存在」へと変わった。また、銀行のデットガバナンスが緩くなったことが、企業業績が低迷しても借入金で何とか生き続ける「ゾンビ企業」の増殖を招いたと指摘する声もある。
米国では、CFOは経営者の右腕的な存在であり、財務部門は決算・税務などの実務に加え、資金調達戦略や資本戦略、業績分析や資本配分を通じた全社視点での事業ポートフォリオ構築、さらには事業部門の方針策定や予算編成などを支援する重要な役割を担っている。
一方で、日本の財務部門は、低金利の下、銀行との厳しい借り入れ交渉や、資金調達の多様化のために、銀行以外の貸し手に対して、納得感のある投資計画を提示したりする機会も乏しい。そうなると、レンダー(貸主)コミュニケーションに関する感度が下がり、そこにリソースを割く必要性も感じなくなる。
その結果、日本のCFOや財務部門の役割は、決算・税務や資金繰り、IR(投資家への情報提供)といった実務業務に偏り、資金調達や財務資源の配分を通じて、事業ポートフォリオの構成や事業を拡大すべきかの判断に関わる役割は相対的に重要ではなくなっていった。このようにゼロあるいはマイナス金利が長年続いたことで、デットガバナンスとコーポレートガバナンスの両方が弱まる状況が生じ、CFOや財務部門の機能の発展が遅れたのである。
財務部門に求められる9つの機能
BCGでは、CFOや財務責任者が担う役割を大きく9つに整理している(図表)。
①「経営戦略」への貢献
②「事業分析」の支援
③ 経営・事業部門の「目標・KPI設計」
④「管理系DX(デジタルトランスフォーメーション)推進」
⑤「全社リスク管理」
⑥「財務・資本戦略」
⑦「予算策定・管理」
⑧「財務組織設計」
⑨「財務報告」(決算・管理会計・その他諸報告書の作成などを含む)

金利上昇時代には、財務部門が高い視座から経営戦略や事業拡大を支援する役割をこれまで以上に担っていく必要がある。実際に北米企業では、財務部門の9つの役割のなかでも、特に①の「経営戦略」に対するアドバイザリ機能を強化してきた。
たとえば、ソフトウェア会社のアドビでは、2007年から2018年までCFOを務めたマーク・ギャレット氏が主導し、財務部門の役割を拡張させている。具体的には、財務部門がビジネスモデルの定量・定性分析(地域間や競合間の差分分析)を行い、それに基づいてビジネスモデル変革について提言し、KPIを設計するようになった。また、財務部門で実験的に管理会計やKPI管理に関するシステム導入を行い、そこで磨き上げたシステムを現場にも導入する形で、全社の事業管理のDXも牽引した。
「銀行は晴れの日に傘を貸して、雨の日に取り上げる」と昔はよく言われていたが、日本では低金利環境下でその感覚は薄れ「銀行はいつでも傘を借りてと言ってくる」認識に変わってしまっているのかもしれない。しかし前述のとおり、そうした認識は改めていく必要がある。上場企業はコーポレートガバナンスの強化の流れのなかで一定の意思決定の高度化を進めてきたが、今後はデットガバナンスの強化の流れも加わる。また、従来は「ガバナンスは上場企業だけの話」と考えていた非上場企業も、銀行や銀行以外の資金の出し手に対する説明力を向上させなければ、安定した資金調達や負債コストの抑制が実現できなくなる。
経営者が明日からすべきことは「金利のある世界に向けて準備が必要である」と号令をかけ、意思決定プロセスや組織の見直しの重要性を説き、自ら主導して実践していくことだ。
ビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいその年のトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊ではこれまでの常識が通用しない時代といえる2026年に、経営者が優先的に考えるべき10の論点を提示している。第6章「金利のある世界――資金調達の環境変化に対応する」では、金利上昇局面で、日本企業がとるべき施策を解説している(購入はこちら)。