R&D能力向上の鍵は顧客との近さ NTT日高氏に聞く次世代コミュニケーション
多くの日本企業で低下しているといわれるR&D(研究開発)能力。BCGの分析では、「顧客から遠い研究開発体制」「設計やプロセスの遅さ」「不適切な資源配分やガバナンス」「根強い自前主義」という4つの領域に大きな課題があるとみている。これらを克服し、R&D能力を抜本的に向上させるにはどうすればよいのか。
ビジネスパーソン向けに映像講座を提供するBBT Ch(ビジネス・ブレークスルー チャンネル)で、BCGのマネージング・ディレクター & パートナー中村 健が講師を務める講座「イノベーションを生み出すR&D戦略」では、先進的な取り組みを進める企業の人々に話を聞いている。本連載ではその内容の一部を紹介する。(映像講座の視聴はこちらから。会員限定)
次世代通信基盤IOWNは、映像、振動など空間全体を「伝送」する
今回のゲストは、NTT人間情報研究所の日高 浩太所長。NTT人間情報研究所は、低消費電力・大容量高品質・低遅延を特徴とする次世代通信基盤IOWN1(Innovative Optical and Wireless Network、アイオン)や、独自の大規模言語モデル「tsuzumi」、人と機械をつなぐ直感的なインタフェースを基に病気や障がいを持った人の身体機能をサポートする「Project Humanity」などを推進している。
IOWNについては、大阪・関西万博で来場者が実際に体感できるイベントを行った。2025年4月2日には、万博記念公園(大阪府吹田市)の電気通信館で行われたアーティストPerfume(パフューム)によるライブパフォーマンスを、映像データ、床の振動、照明演出など空間全体をIOWNで伝送することで、夢洲のパビリオンで再現。周囲の物体を3D点群にするセンサー設備を配置し、各センサーのデータを伝送した。ライブ会場のパビリオン内では、観客が特殊なサングラスを装着することで、パフォーマンスを立体的に鑑賞した。Perfumeのメンバーの靴に加速度センサーがついており、パビリオン内に設置した「振動子」128個を通じて振動を伝えることで、まるでその場でリアルに行われているように感じられたという。(このパフォーマンスの様子はこちらのサイトの動画で視聴可能。)
このように、新たなコミュニケーション技術を使って顧客に利便性や喜びを届けようとするNTT。その取り組みと、R&D能力を高めるためのポイントについて聞いた。

現地で体感することで顧客のニーズを理解し、必要な技術開発ができる
中村:取り組みの事例を基に、顧客と近いところで研究開発をする重要性についてお聞きしたい。
日高:「Project Humanity」では、神経の病気で体を動かせなくなった人が、残っているわずかな筋肉の動きを使ってゲームをできないかという取り組みを進めている。ゲーム相手にとって、プレーしているのが健常者か障がいがある方か、その垣根がわからないほど自然にゲームをすることができないか、と考えた。実際に患者に会って、彼ら・彼女らが動かせる部分はどこかを丁寧に話し合い、議論を重ねていく中で、実際の動きとちょっと違う、こちらは合っている、ということが初めてわかる。それは顧客の遠くにいたり、机上で研究したりしていてはできない。

(出所: NTT株式会社)
万博でのIOWNのパフォーマンスでは、パフォーマーの存在を体感するうえで重要な足音をどう伝えるかが難しかった。Perfumeのメンバーの靴に付けている加速度センサーで振動の位置と強さを観測するが、実際やってみたら思いのほか振動が伝わっていなかった。だから、Perfumeにもっと強めにステップを踏んでもらう必要があったが、プロフェッショナルなパフォーマーにはなかなか言いにくいところがある。私自身は発言を躊躇したが、別の所員が、「もう少し強く踏んでくれないと伝わらない」と伝えた。それが現場にいた方々にもきちんと響き、振動が非常によく伝わるようになった。現地に行き、お客さんの立場に立ったことでその言葉が出たのだと思う。
中村:現地で体感することで顧客のニーズを理解する重要性を示す事例だと思う。日本企業がいわゆる高度経済成長期の時代に強かった理由のひとつは、自分たちがよいと信じる製品を世の中に出していく生産性が非常に高かったこと。日本市場が大きかった時は機能していた一方で、それが「顧客から遠い研究開発体制」を確立させ、市場が縮小し海外の顧客ニーズも本質的に理解しなければいけない今、大きな課題となっている。
顧客にとって何が重要かを考えることで、自前主義を脱却
中村:「根強い自前主義」についてもお話を伺いたい。技術が革新する中で、すべて自分たちでやるのが現実的ではない時代。自力でやる部分と外部とパートナーシップを組む部分について、考えを聞かせてほしい。
日高:万博のパフォーマンスは、観客にとって「三次元的に見える」ことが一番の驚き。その一番大きな部分にNTTとして踏み込むのか、それに長けた人たちに力を借りるのかを考えた結果、他社の力を選択した。日本企業の課題の中の「設計やプロセスの遅さ」にも関係するが、今から私たちがそこに挑戦しても時間を要すると思ったので、視覚の情報については素晴らしい技術を持っている会社と組む。一方で私たちは空間を丸ごと点群化して届け、それを再構成することに注力した。最終的に感動するのは私たちではなくお客さん。自前主義にこだわらないほうが、感動につながると考えた。
中村:自分たちで無理をするのではなく、力を借りる意思決定をされたとのこと。特に日本企業ではハードルもあったかと思う。一方で、一番インパクトが大きいところを自社ではなくパートナーに任せた場合、全体のリーダーシップをとるのが難しいと思うが、そこはどう担保しているのか。
日高:1970年の万博では、電話が線でつながるのが当たり前だったときに、コードレス電話、つまり線がなくても電話ができる未来を見せた。それはいずれ実現する当たり前の世界だったが、今回私たちはコミュニケーションという観点で、1970年の万博会場と今年の会場を行き来し、あたかも時代を超えて旅するような体験を提供した。大切なのは、ふたつの時代、ふたつの場所が行き来するという物語。物語を哲学と言い換えてもいいが、それを私たちが提案してリードした。哲学を忘れなければ、主要な技術が私たちのものではなかったとしても、伝えたい骨子は間違いなく私たちのものとして顧客に伝わると考えている。
- 『IOWN®』は、NTT株式会社の登録商標です ↩︎