生産量の拡大で食料安全保障を確立する――『BCGが読む経営の論点2026』から

「令和の米騒動」では、高齢化による労働力不足や不透明な流通構造など、日本の食料安全保障の脆弱性があぶり出された。食料の供給が不安定化すると、物価高騰や経済の停滞を招くだけでなく、国家として政策選択の自由度を失う可能性すらある。

BCGが読む経営の論点2026』(日本経済新聞出版)では、BCG消費財・流通グループの日本リーダーである森田 章と、同グループの竹内 友夏が、日本の農業が抱える課題と、食料安全保障を確立するために企業が果たすべき役割を解説している。本記事ではその一部を要約して紹介する。

農業の構造的課題と農家の高齢化

2024年夏、複数の要因が重なり、各地の店頭でコメが消えた。その後も品薄状態は続き、コメの価格は1年間で2倍以上に高騰した。政府は備蓄米を放出したが、流通の目詰まりによって店頭に並ぶまでに時間がかかり、サプライチェーンの脆弱性も露呈した。この「令和の米騒動」からは、コメの問題だけでなく、日本の農業全体が抱える構造的な課題が顕在化したのである。

全国の農地面積は年々減少しており、農林水産省の分析では、2035年には全国の農地面積の約6割で耕作者が不在となる見通しだ(図表)。耕作地が加速度的に縮小し、今後10年で3~6割の供給が一気に減ってしまうおそれもある。一方、人口はその間に5%程度しか減らないため、コメ以外の農作物についても深刻な供給力不足に陥る可能性が極めて高い。

2025年3月末時点での地域計画策定状況を示した図表。現在の計画に基づくと、10年後に耕作者が不在の地域が3割を超える

背景には、農家の高齢化とそれに伴う労働力不足の問題がある。農水省の調査によると、2024年の農業従事者の平均年齢は69.2歳で、70歳に迫っている。また、厚生労働省の資料では、日常的に制限なく過ごせる「健康寿命」は男性でおよそ73歳とされ、その後は急速に離農が進むことを見込むと、残された猶予期間はあと10年もない。高齢化は農業を支える現場全体で深刻化しており、生産から加工、流通、消費に至るバリューチェーンが一気に機能しなくなる事態も起こりうる。

日本は生産量よりも付加価値を追求してきた

食糧安全保障の観点では、生産性を高めて量を確保することが大切だ。だが日本では政策的な理由もあり、付加価値を高めることに注力してきた。作物の収穫量が予想を下回った場合、補償や保険でカバーする仕組みがあり、農家はコメ以外の穀物や大豆などを高い生産性でつくるインセンティブを持ちにくく、輸入品と比べて価格競争力もなかった。そのため、単価の高い果実や作物の品種改良、生産体系の整備に力を入れてきたのである。

その結果、品質面での付加価値は確かに高まったものの、生産性は向上しないまま置き去りになっていた。輸入への依存を減らし、国内で必要量を確保するには、生産性を高めて収穫量を増やす方向へと舵を切らなければならない。「農業は儲からない」と考えている人も多いが、生産性の向上とともに利益も上げられるシステムに転換すべきだ。

企業の本格参入を促す

ただ、農業分野の変革は、既存の枠組みの中では実現が難しい。安定調達のインセンティブを持つ需要家である食品企業や外食産業、商社などが、スケールメリットと購買力を活かして生産性向上に向けて主体的に進めていくほうが合理的だ。

これまでは輸入品のほうが安く手に入ったが、昨今の為替変動や地政学リスクを踏まえ、国内で一定量を生産・確保できる体制が重視される方向へと転じている。日本はもともと品種や生産体系などに強みがあり、収量拡大や生産性向上の余地も大きい。それにもかかわらず、まだ農業の領域に十分に投資されていないとすれば、そこには大きなチャンスがある。

大企業が参入すれば安定調達のために適切な投資を行い、「量を確保する」方向に動く。安定調達や環境負荷の低減を求める企業の投資余力と、生産性を向上するための農家のノウハウを掛け合わせることで、従来の付加価値に偏重した戦略から「量×コスト×価値」のバランスを取る方向にシフトできる。

異業種連携で構造変革に挑む

食料安全保障や脱炭素といった新たな潮流を踏まえると、農業単体だけでなく、異業種と連携した事業モデルを目指す重要性も高まっている。特に、需要が急速に拡大しているエネルギーやデータセンター、半導体のほか、脱炭素領域と農業を組み合わせるアプローチが興味深い。

たとえば、オランダでは農地に太陽光パネルを設置する「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)」で発電し、その電力をデータセンターの稼働に活用するとともに、サーバーの排熱を隣接するトマト温室の加温に再利用する取り組みが行われている。書籍ではこのような異業種連携の海外・日本における事例のほか、自社のコア技術や経営資源を農業に応用して生産性向上と収益化を同時に実現した例を紹介している。

コメの問題を単なる一時的な現象として受け流さず、その背景に目を向けると、企業が積極的に農業に参入していかない限り、農家に委ねた既存の構造が長くもたないことに気付くはずだ。企業同士や異業種、官民で手を組み協調する枠組みを構築し、企業がいかに自社の成長戦略の中に農業の生産性向上を織り込めるかどうかが、日本のアグリビジネス、ひいては食糧安全保障の未来を決定づけることになる。

ビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいその年のトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊ではこれまでの常識が通用しない時代といえる2026年に、経営者が優先的に考えるべき10の論点を提示している。第8章「食料安全保障の確立――企業連携で生産量を増やす」では、日本の農業構造の脆弱性を見直し、生産性を高めるために日本企業が取り組むべき方向性を解説している(購入はこちら)。

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