画期的な糖尿病治療薬「GLP-1受容体作用薬」、米国・メドテック業界への影響は限定的か

糖尿病や肥満は深刻な社会問題だ。2024年には過去10年間で米国における2型糖尿病の有病率が約20%上昇したとする論文も出されている。現在、こうした慢性疾患の治療のあり方を大きく変えつつあるのが「GLP-1受容体作用薬」だ。日本でも皮下注射薬の「ビクトーザ」「オゼンピック」といった名称で知られており、患者の体重を減少させ、糖尿病、心筋梗塞、脳卒中、腎疾患のリスク低減といった効果をもたらす。

この画期的治療法が急速に普及する中、メドテック企業は「今後、肥満および糖尿病に関連する合併症が減少するなかで、自社の医療機器やサービスに対する需要はどのように変化するのか」という課題に直面している。しかし、ボストン コンサルティング グループ(BCG)が行った調査では、GLP-1受容体作用薬は医療の一部に変化をもたらすものの、メドテック業界は引き続き良好な立ち位置にあり、成長とイノベーションのための大きな機会があると結論づけられた。調査結果について解説する。

GLP-1受容体作用薬の普及により、糖尿病や肥満の合併症を治療する全体的な患者数は減少の見込み

BCGは今回、GLP-1受容体作動薬の影響を最も受けやすい領域を専門とする医師550名を対象に調査を行った。調査では今後5〜10年の間に、GLP-1受容体作用薬が肥満手術、人工透析といった「ベンチマーク」となるメドテック領域の需要にどのような影響を与えると考えているか聞き取り、その回答と公表されている論文等文献の内容を比較。発症から治療、治療後の生活まで全体にわたるこの薬の影響を厳密に検証した。

結論として、GLP-1受容体作用薬の普及により、調査対象の各専門領域において、新たに治療を始める患者数は減少する見込みであることがわかった。ただし、領域ごとに、病気の診断、各治療の専門医への紹介、治療への同意・選択、治療後の継続的ケアといった段階でこの薬の影響は異なる。そのため領域によっては、病気と診断される人や、治療方法が適合する人の増加、または治療後の生存率の向上によって、総合的には需要が高まる可能性がある(図表)。

GLP-1受容体作用薬の影響は領域ごとに異なり、持続血糖測定器は需要増、心筋梗塞や動脈硬化のカテーテル治療は需要減が予想されている。

GLP-1受容体作用薬によって患者の増加が予想される領域も

では、個別に見てみよう。

調査対象の領域のうち、持続血糖測定器(CGM)、人工膝関節全置換術(TKA)、肥満手術は、GLP-1受容体作用薬の影響で総合的には需要が増加すると見られている。

CGMとは、腕や腹部に測定用センサーを貼っておくことで、皮下組織のブドウ糖濃度を常時モニターできる医療機器だ(下画像)。GLP-1受容体作用薬による肥満治療を目的に医療機関を受診することで2型糖尿病と新たに診断されるケースが増加するため、CGMの利用拡大が予想された。現状、CGMは主にすい臓の機能障害で発症する1型糖尿病患者の間で使われているが、生活習慣に起因することが多い2型糖尿病患者に対する診断率の上昇およびCGM導入拡大の取り組みにより、この市場は今後力強い成長が期待されている。

人工膝関節全置換術(TKA)は文字通り膝関節を人工のものに置き換える手術で、肥満による変形性膝関節症の悪化によって必要になるケースも多い。この領域においては、GLP-1受容体作用薬の影響により総合的な患者数は増加すると見られている。毎年、TKA候補者のおよそ30%がBMI(肥満を表す指数)35以上を理由に手術対象から除外されてきたが、GLP-1受容体作用薬の効果によって、患者がより容易に治療へと進める可能性があるからだ。ただし、GLP-1受容体作用薬は副作用、コスト、注射の煩雑さなどを理由に、最大で半数の患者が1年以内に治療を中断しており、現実的な服薬遵守率は低い。これらの患者の手術成功率が一般人口と同等となるかどうかは、今後の経過を見守る必要があるだろう。

肥満手術の需要もGLP-1受容体作用薬の普及によって増加する可能性がある。スリーブ状胃切除術や胃バイパス術といった減量手術の対象となる患者の割合は減少する可能性があるものの、GLP-1受容体作用薬の広報効果により、肥満症と診断される患者数は大幅に増加している。こうした患者が服薬で十分な効果を得られなかった場合や服薬を断念した場合、手術の対象者となる可能性がある。

人工透析治療への影響は中立的と予想

糖尿病による末期腎疾患患者にとって、人工透析は最も一般的な治療法だ。GLP-1受容体作用薬は慢性腎疾患の進行を遅らせる可能性があるが、患者は通常、他の治療法を試みた後にこの薬を使用するため、透析需要の抑制効果は限定的と見られる。

また、GLP-1受容体作用薬はこの患者群における主要な死亡要因である心血管イベント(心筋梗塞、狭心症、脳卒中など)のリスクを下げるため、透析中の患者の寿命を延ばす可能性がある。以上を踏まえ、人工透析が受ける全体的な影響は中立的であると見込まれる。

心筋梗塞や動脈硬化のカテーテル治療は減少する見込み

GLP-1受容体作用薬は心筋梗塞の発生率を低下させる強力な心血管保護効果を持ち、血糖コントロールの改善を通じて末梢血管疾患(足の血管に動硬化が起こって血の流れが阻害され、さまざまな症状を引き起こす病気)の抑制にも寄与する。この影響で、心筋梗塞や動脈硬化のカテーテル治療(経皮的冠動脈インターベンション、末梢動脈アテレクトミー)の需要は減少すると見られている。

しかし、GLP-1受容体作用薬は服薬中止率が高いため、今後5〜10年間におけるこれらの処置の実施件数は、緩やかな減少にとどまると予想される。さらに、これらの処置が必要な患者は、標準的なカテーテル治療ではなく、動脈の石灰化した部分に衝撃派を与えて砕く血管内衝撃波治療(IVL)等の、より高度かつ高付加価値なデバイスを必要とする複雑な症例である可能性が高い。これらの領域のメドテック企業が競争力を保つには、製品のコモディティ化を回避するための投資に加え、各領域の将来の成長性と、製品のマーケティング費用を合致させる戦略が必要となるだろう。

原典:GLP-1s Are Shaking Up Patient Care. Medtech Will Need to Adapt.

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